もう一回やすみ 高藤雅修――朝ドラ『らんまん』より――
ひとやすみついでにもう少し。
NHKの朝ドラ『らんまん』を視ている。放送開始直後の4月14日にも一度感想を書いたが、今回は感想というより登場人物、の話す鹿児島弁について。
ドラマの中では目下、植物学者牧野富太郎先生をモデルにした主人公・万太郎が、根津の菓子屋の娘・寿恵子に思いを寄せている。
一方、欧米に追いつくべく様々な施策を展開する明治政府は、社交界のシステムも導入しようと社交場「鹿鳴館」の開設に着手しつつあり、西洋式の舞踏(いまでいう社交ダンス)を踊れるご婦人を育てようと考えていた。いずれその指導役になるべく白羽の矢を立てられたのが寿恵子、矢を放ったのはイギリス渡航体験のある元薩摩藩士で実業家の高藤雅修(まさなり)、という設定だ。
高藤のモデルは五代友厚という見方もあるようだが、五代は渋沢栄一と並び称せられたほどの実業家ではあったが、「東の渋沢、西の五代」と言われるように、関西を中心に活動した。高藤は、渋沢と五代をミックスした架空の人物と言えるのかもしれない。
元薩摩藩士の高藤は当然ながら鹿児島弁を話す。ちなみに、江戸(東京)の山の手言葉を基に作られ、教育やメディアを通じて人為的に普及させていったのが「日本語」で、江戸時代までは藩や地方で言語はばらばらだった。明治期、巡査には元薩摩藩出身者が多かったので、東京の庶民が道を聞いても、巡査の答えがわからなかった、という笑い話の背景もここにある。
さて、その高藤は、というより高藤を演じる伊礼彼方さんは、たいへん流暢な(?)鹿児島弁を話す。役者としてそれは当然かもしれないが、鹿児島弁のイントネーションは、標準語とはもちろん九州弁とも全く違っており、標準語中心の生活を送る人にはなかなか難しい――ようだ。
わたしは「ネイティブ」なので自分の体験としてはわからないが、もともと言葉(言語)に関心が強いこともあり、他人、とくに鹿児島弁ネイティブ以外の人の鹿児島弁には敏感だ。子供の頃なら、「よそ」からお嫁に来た人、転校生など。それにテレビの中で薩摩や鹿児島の人を演じる俳優さんたち。
長く住んでいても鹿児島弁のイントネーションに完全に馴染んでいる人はほぼいなかったし、俳優さんも、相当練習していることは窺えても、標準語訛りというか抑揚がちらちら出てしまうのが常である。だから、鹿児島弁のイントネーションに同化するのは難しいのだろう、とずっと推測していまに至る。
しかし、ドラマの中の高藤の鹿児島弁は「ほぼ」完璧だ。わたしの感覚では98パーセントというところ。あまりに見事なので、最初はネイティブか、鹿児島にルーツがある人かと思ったほど。それで思わず調べてみたら、伊礼彼方さんはネイティブもルーツも関係なく、お父さんは沖縄出身、お母さんはチリ出身で、幼少期はアルゼンチンで過ごしたという。またまたびっくりだ。
もちろん「薩摩弁指導」を受けて演技に臨んでいるのだから、ご本人の精進と指導の賜物ではあるが、ミュージカルなどもこなすというから、音感がいいのだとしか思えない。そのくらい、ここまで流暢な鹿児島弁を話すネイティブでない俳優を、初めて見た。
完璧にわずかに及ばない残り2パーセントは何か(勝手な数値化です)。
1パーセントは、やはり標準語的イントネーションがどうしても残る部分があること。寿恵子を舞踏に引き込もうと口説く5月29日放送のシーンで、1カ所だけあった(わずか1語程度)。
もう1パーセントは、外国人特有の発音、とくに「サ行」(S音)に癖が感じられる点。福山雅治さんが歌うときの「しあわせに」などのサ行音に近いかも。ほんのわずかだが。
そのせいか、高藤の邸宅で催された西洋音楽会で、メイン会場から抜け出した寿恵子を探す高藤が、寿恵子(と万太郎)がいる部屋のドア越しに「寿恵子さん!」と呼んだときの声は、わたしには鹿児島訛りには聞こえず、外国語かと思ったほどだ。
逆に言うと、そのくらいしか違和感はなく、「ほぼ」完璧。
だから何? 演技やドラマとしての面白さのほうが大切では?
はい、ごもっとも。ただわたしは自分のルーツの言葉を大切にしたいし、同じ演じるなら大切にしてくれたらうれしいと思う。
万太郎のライバルになるであろう高藤。伊礼彼方さんがどんな鹿児島弁で対抗してくるか、楽しみだ。
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