番外(ピンクのマニュキュア 前編)

 先週末、ウォーキングがてら近所の運動公園みたいなところへ行った。ここが目的地ではなく、ひとやすみしてちょっと本を読んだら続けて歩くつもりだった。いくつかあるベンチはどれも先客があり、端っこにおばあさんが一人座っている3人掛けのベンチのもう片方に腰かけて、日傘を畳んだそのとき。

 第一声が何だったか忘れたのだが、反対側の端っこにいたおばあさんが声をかけてきた。

 帽子をかぶり、ブラウスみたいなきれいな花柄のTシャツに白っぽいボトム、足元は白のウォーキングシューズ。マスクの下にはきちんとお化粧していて、きっちり眉を引き、暖色系のアイシャドウにチークもちゃんとはたいているのがわかった。

 ずいぶんおしゃれだなぁ、と思っていたら、関西訛りで
「ここは座るところが『ようさん』あるからちょうどいい」
それから小一時間も話した。というよりおばあさんの話をほぼ一方的に聞いていた。おばあさんの話を要約するとこんな内容だった。

 ―――自分は亥年の87歳、姫路で夫が定年後に建てた一戸建てに住んでいて、12年ほど前に夫に先立たれてからは一人暮らしだった。東京に暮らす一人息子がマンションを買い「いっしょに住もう」と言ってくれたので、こちらに越してきた。

 散歩するにも土地勘がないので、マンションからスーパーまでの往復と、スーパーの中を見て回るぐらいだったが、この公園を見つけてからは午前午後1回ずつここ来ている。グラウンドを3周もすれば、午後には「ケータイ」が「今日は5000歩歩いた」と教えてくれるのでちょうどいい。街中の歩道は段差があって転ぶのが怖いが、ここのグラウンドなら段差もない。

 姫路の家はそのままで、換気や衣類を取りに行くためにたまには帰りたいが、コロナのせいで「(感染者が多い)東京から帰ってきている」と近所で噂されるのも嫌だし、息子も一人では帰してくれない。新幹線の乗り継ぎだけだから大丈夫だと思うのに。

 生まれてからずっと姫路だし、戸建ての家から出たくはなかったけど、お友達から「元気なうち、お嫁さんが『いっしょに住みましょう』と言ってくれるうちに、同居したほうがいいよ」と言われていたので、決心した。部屋はひとつもらっているけど、和室じゃないし、押入れがないから物を仕舞うところが少ない。姫路の家から毛皮も持って来たいんだけど…。

 息子の家では上げ膳据え膳ですることがない。ただお嫁さんが「洗い物があまり好きじゃない」というので、お皿洗いだけは引き受けている。孫は中3の女の子が一人。家の中にいて、言いたいことがないわけじゃないけど、角が立つからにこにこ笑っている。わたしらの若い頃は、お姑さんと言えば絶対だったのに、いまは姑のほうが遠慮するものなのね―――。

【長くなるので続きは後編へ】

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