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戦場に何の正義が宿れるや? ―ルバイヤート
正義は人生の指針たりとや?
さらば血に塗られたる戦場に
暗殺者の切尖(きっさき)に
何の正義か宿れるや? -オマル・ハイヤーム「ルバイヤート」
これは太宰治の『人間失格』で紹介されるオマル・ハイヤームの「ルバイヤート」の一節で、訳者は堀井梁歩(ほりい・りょうほ:1887~1924年)である。
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昨年3月、ロシアのプーチン大統領はクリミア半島併合8周年のイベントで、ウクライナ侵攻について「今回ウクライナで行っている軍事作戦の主な目的は市民を苦難と大量虐殺から救うことだ」だと述べた。事実とあまりにかけ離れるこの理屈には驚きと憤懣を禁じ得ない人は多いことだろう。
プーチン大統領は国民の前では正義を装っているが、それはアンヌ・モレリの『戦争プロパガンダ 10の法則』の中の「われわれは領土や覇権のためではなく、偉大な使命のために戦う」という章名のようで、どの戦争も「正義」を建前として着手された。プーチンの戦争のメッキはロシア国内でもそのメッキがはがれていくことだろう。
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堀井梁歩が訳した「ルバイヤート」は、太宰の『人間失格』にも引用されるが、1938年に出版された訳詩集『異本 留盃耶土(ルバイヤット)』として刊行された。ハイヤームの普遍的な平和への情感を堀井はやや強い調子で訳しているが、現代にも通じる戦争や暴力の本質を表しているかのようだ。『人間失格』の出版は1948年だから堀井の訳は日本でその評価が定着していたのだろう。
堀井梁歩は1887年に秋田市に生まれ、旧制秋田中学から旧制一高に入学したが、軍事教練を嫌って、姿をくらまし、退学した。また徴兵忌避者として軍への入隊を強制されるが、医務室に入り浸るようになった。堀井は軍とか軍隊生活を徹底して嫌った人物だった。自由主義の考えに共感し、森の中にこもって自給自足生活を送り、インドのガンジーにも影響を与えた作家ヘンリー・ソロー(1817~1860年)に傾倒した。堀井は、アメリカ留学後、秋田に戻って農場を経営し、新生農民運動を提唱した。
堀井は詩と酒を愛したが「この世は虚しい。だからせめて酒を飲み美姫を愛で、束の間の宴を楽しむとしよう。どうせすぐに土に還る定めなのだから」というハイヤームの世界は堀井の生き方に通ずるものがあった。
明日からペルシア世界などの新年(ノールーズ)だが、堀井の訳ではないが、オマル・ハイヤームの「ルバイヤート」にはノールーズを詠んだ一節がある。
新春ノールーズ(イランの新年)雲はチューリップの面に涙、
さあ、早く盃さかずきに酒をついでのまぬか。
いま君の目をたのします青草が
明日はまた君のなきがらからも生えるさ。
プーチンのような政治家のために死ぬのはまっぴらごめん、堀井梁歩と同様、「ルバイヤート」の世界のように宴を楽しみたいとロシアの兵士たちも思っていることだろう。
世は思い出
われらは去りゆく
人に残るのは善き行いのみ ―「シャーナーメ(王書)」
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アイキャッチ画像は「人間失格」
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