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「なぜ」とはなんだろう?/長谷川眞理子の4つのなぜ
「なぜ鬼滅の刃は流行ったのか?」「なぜコロナは収束しないのか?」「なぜこの会社を選んだのか?」
世の中にはたくさんの「なぜ」があり、いろんな場面で「なぜ」は問われる。「なぜこの提案をするのか」「なぜこの学校を選んだのか」「なぜこの仕事をしなければならないのか」「なぜサボっちゃダメなのか」・・・
なぜなぜなぜなぜ・・・聞かれても困って嫌気がさすこともしばしば。
そもそも「なぜ」ってどういうことなのか。何を問うているのか。そんなことはあいまいなまま多くの人は「なぜ」を問うている。
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そんなときは頭脳明晰な理系な研究者にその秘密を聞いてみるのが一番。生物学者の長谷川眞理子さんの著書『生き物をめぐる4つの「なぜ」』(集英社新書)を読んでみると、そこには「なぜ」の秘密が明快に書かれていた。
著者の長谷川眞理子さんは総合研究大学院大学の学長を務めるほどの研究者で、動物の行動生態学などを研究している。性について、思春期についてなどいままで明らかになっていなかった生物の秘密をわかりやすく解き明かしてくれる。愛称はハセマリさん。
ぼくも一度お会いしたことがあるが、PCのなかには大量の研究資料があり、説明のたびに次々と貴重な資料を見せてくれた。(旦那さんも研究者で、東大教授の長谷川寿一さん)
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生物学は暗記科目なのか?
そんなハセマリさんも、学生時代は「生物学=暗記科目」と思っていたという。動物の名前、器官の名前、反応の名前、神経系の名前・・・覚えなきゃいけないものばかり。
しかし、大学2年生の頃に習った菅原浩先生によって、その考え方は一変する。動物の行動とその進化について先生が教えてくれたときに、進化とは歴史的存在の生き物が、「なぜ」いまあるような性質を備え、「なぜ」いまあるような生き方をしているのかを教えてくれるもの。そう教わってから、生物学が「なぜ」に答える学問であり、高校の授業で決定的に抜け落ちている視点だったとハセマリさんは振り返る。
なぜ春になるとシジュウカラは「ツピーツピー」と鳴くのか、なぜアゲハは卵を産んでも世話をしないのか、なぜ雄のシカには角があるのか。これらの疑問に対して、進化の秘密は答えてくれる。このとき、ハセマリさんにとって生物学が名称の羅列ではなくなったのだ。
その後、ハセマリさんが本格的に動物の行動の研究をするようになって、「ティンバーゲンの4つのなぜ」という考え方に出会う。これが「なぜ」の秘密だったのだ。
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ティンバーゲンの4つのなぜ
1973年に動物行動学の祖としてノーベル医学・生理学賞を受賞したオランダの研究者ニコ・ティンバーゲンが提唱したのが、「4つのなぜ」だった。動物の行動については、4つの異なる「なぜ」が存在するという。
左:ティンバーゲン 右:ローレンツ
その4つとは、
①その行動が引き起こされている直接の要因は何だろうか(至近要因)
②その行動はどんな機能があるから進化したのだろうか(究極要因)
③その行動は動物の個体の一生の間に、どのような発達をたどって完成されるのだろうか(発達要因)
④その行動はその動物の進化の過程で、その祖先型からどのような道筋をたどって出現してきたのだろうか(系統進化要因)
である。
ちょっと分かりにくいかもしれないが、シジュウカラが春に鳴く理由について上記の「4つのなぜ」で考えてみる。①の至近要因では、シジュウカラが鳴くための脳内構造や春がきたことを察知する器官が答えになる。「なぜシジュウカラは鳴くの?」と聞かれ、「○○や○○の器官があるから」という答えになる。
②の究極要因では、シジュウカラは歌うことで、なわばりの維持ができ、配偶相手の雌を獲得できる、という答えになる。歌うほうが繁殖成功率が上がるのだ。
③の発達要因では、子どもから大人になる際に、他のシジュウカラの歌を聞くことで、歌えるようになるという答えになる。
④の系統進化要因では、美しくさえずらなかったシジュウカラは繁殖できず、美しくさえずる種が生き残った、という答えになる。
どれも「なぜシジュウカラは春に鳴くのか」ということに答えているものの、視点は異なり、回答も異なることになる。
「なぜ」と一言でいっても、実はこんなに多様な回答になるのである。さらに、このなぜのパターンに応じて、専門分野が広がっている。至近要因は動物の体の仕組みの学問になり、系統進化要因では進化生物学の分野になる。
ハセマリさんはこれらの「4つのなぜ」を学んだことで、さまざまな視点から物事を捉えられるようになった一方で、この4つのなぜ全ての視点で明らかになっている動物の行動というのは、ほとんどないことにも同時に気づいたという。研究分野が細分化したことで、1つのなぜを追い求めすぎて、4つの視点から包括できている研究は実は少なかったのだ。
本書では、「雄と雌はある理由」「鳥がさえずる理由」「鳥が渡りをする理由」「生物が発光する理由」「親が子の世話をする理由」「角がある理由」に対して、4つのなぜで問いかける。さらに、最後には「人間が道徳をもつ理由」にまで迫る。「人はなぜ道徳をもつのか?」。生物学の領域を超えながら、ハセマリさんの分析力が冴え渡る。
上記のそれぞれの理由については本書を読んでもらえばわかるが、なによりも、4つのなぜの視点をもつということが本書の重要な視座だった。
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どんなものにも4つの問いを
この「4つのなぜ」はおそらく生物の行動にとどまらない。
たとえば、「鬼滅の刃はなぜ流行しているのか?」という問いに対して、至近要因では鬼滅の刃自体の物語の面白さや人を引きつける理由が考えられるし、発達要因では、漫画からアニメ、映画へと発達したことを掘り下げられる。マーケティングの視点も大事かもしれない。
さらに系統進化要因では他のジャンプ作品、少年マンガ、さらには浮世絵や江戸文化などの日本文化の系統からも探れそうだ。そして、究極要因としては人間にとっての「鬼滅の刃」という物語がもたらすもの、という神話や物語学、哲学や思想にも通じるような深い問いもできるかもしれない。
たとえば、「コロナはなぜ収束しないのか?」という問いに対しては、至近要因では人の外出や密、飲食などが理由かもしれないし、発達要因ではこの1年の流れが理由になりそうだ。
系統進化要因ではSARSやMARSやインフルエンザなどのウイルスからの進化などを辿ることもできるかもしれない。究極要因としては、RNAウイルスというものが人類にとってどんな意味があるのか、ということを問うこともできるかもしれない。
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これらの「4つのなぜ」を手に入れると、「なぜ」に振り回されなくなる。「なぜこの会社を選んだんですか?」という採用でしばしば聞かれるような問いにも、どの視点から答えるか、という冷静な視点が持てる。この面接官は究極要因を問うているのではなく、自分にとっての至近要因を聞いているのかな、くらいで対応できそうだ。
なぜはめんどくさい。でも、なぜがあることで視野や思考は広がっていく。2021年はこの4つのなぜをもって、いろんなことを考えていきたい。そんな新年の挨拶でした。
++参考書籍++