「一千一秒物語」稲垣足穂
出会い方:以前、古舘伊知郎さんがラジオで紹介されていてなんとも不思議な世界があるとのことで興味をもって、県立図書館にて。一度借りて、その後また気になり借りる。
内容:70編ほどの超短編集で、全体的に星や月を扱ったものが多い。時代背景は大正終わりほどか、モダンで都会のおしゃれな雰囲気の中、シュールな世界観でのアラカルトといった感じ。
感想:「不思議」「夢」「4次元」「難解」な文章ながら、まるで絵本のようなファンタジーなイメージを持たせてくれる。それでいて決して子供っぽくはないが、童話のようでもあり、文学的でもある。読みながら眉をひそめたり、思わずニヤッとしてしまう。全編を通して当時の文体と思われる表現や文字の綴りをそのままに表記されていることでより、異次元の世界にスーッと引き込んでくれる。
一つ内容を取り上げるとこんな感じです。
「ポケットの月」 或る晩 お月さんがポケットへ自分を入れて歩いてゐた坂道で靴の紐がほどけたので 結ばうとうつむいたハヅミに ポケットからお月さんが転げ出て にわか雨に濡れたアスファルトの上をコロコロと転げだした (略)
といった感じで、「ん?どういうことだ?」と感じながらもセピア色の世界と、文章のリズムに心地よさを感じながらあっという間に次の1篇へと移る。気づけば、この分かったような分からないような世界のとりこになっていた。
この「一千一秒物語」という短編詩集は、約100年前にもなる大正14年あたりに発表され、その後幾度も製本化されてきたものである。今は文庫本で読むことが出来るが、絵本版やハードカバー版もでており、今回出会ったものは約30年前に作られた、当時の印刷の雰囲気を再現したようなフォントと紙の質感からなるののだった。もう廃盤になっているようで定価3000円となっているが、探すと、このバージョンはプレミアがついており、古本ながらも5倍以上の値段で取引されていた。それほどこの内容とマッチしたデザインであることからも希少価値以上の尊さを感じてしまう。
作者の「稲垣足穂(いながき たるほ)」はこのような作品を多数残しているとのことであるが、どんな環境でこの文章を書き残していったのかを考えると、時空を超えて作者の頭の中までトリップしたような気になった。芸術・文学とは美しい嘘を楽しむということなのだろう。
ちょうど七夕も近く、夜の涼しさが心地よくなってきた時期である。図書館に返すまでの猶予期間を、外の風にあたりながらお気に入りのジャズとお酒とともに現実逃避を楽しみたい。