【県内特集】広がるオーバードーズ~県内現場リポート~
薬の過剰摂取(オーバードーズ、OD)問題が深刻化している。県内10消防局・消防本部に対して行ったODの救急搬送状況に関する調査で、若い現役世代と女性の間で拡大していることが明らかになった。救急隊員への聞き取り調査ではほとんどの場合、メンタルヘルス不調が背景にあると判明。調査データと救急隊員の声を踏まえ、現状、課題や対策に迫る。
※このコンテンツは2024年2月15日~2月20日付まで宮崎日日新聞社本紙掲載されたものです。登場される方の職業・年齢等は掲載当時のものです。ご了承ください。
宮崎県内の救急搬送件数
(2019年~2023年10月まで764件)
■県内 若者、女性中心に深刻
薬の過剰摂取(オーバードーズ、OD)問題が若者の間で深刻化する中、県内で2019年1月~2023年10月にODによる急性中毒や依存症で救急搬送された件数が764件に上ることが分かった。10~20代が33.1%、30~40代の働き盛り世代が39.1%と、これらの若い現役世代が全体の7割超を占めた。ODに絞った搬送件数の抽出は県内初。「生きづらさや孤立感を募らせ、やむなく一人で薬を飲んでしまうのが圧倒的に多い」というのが、救急隊員に共通する見方だ。メンタルヘルス不調が背景にあり、自殺予防を含めた根本的な対策が求められる。
消防局・消防本部別の搬送件数は▽宮崎市478件▽都城市83件▽延岡市80件▽東児湯38件▽西都市31件▽日向市29件▽西諸広域19件▽串間市4件▽日南市2件。西臼杵広域は0件。死亡例はなかった。
年齢別データは東児湯、串間市を除く722件を基に算出。10代が69人▽20代が170人▽30代が135人▽40代が147人▽50代が96人▽60代が36人▽70歳以上が69人だった。
男女別は東児湯を除く726件のうち女性が535人で、男性191人の約2.8倍に上る。摂取場所では、「自宅」が596件で全体の8割超を占めた。
救急隊員は現場で必ず薬の種類や錠数を確認するが、市販薬のODが問題になっている都市部に対して、本県では市販薬はほとんど見られず、医療機関が処方した睡眠薬や抗不安薬をまとめて飲むケースが圧倒的に多いという。
深夜の繁華街を巡回していち早く若者が薬を乱用している実態に気づき、警鐘を鳴らしてきた「夜回り先生」こと教育者の水谷修さん(67)=神奈川県=は「都市部でも数年前まで処方薬のODが中心だった」と話す。
処方薬のODが東京など都市部で問題化したとき関係機関に働きかけた結果、調剤薬局がリアルタイムで処方情報を管理・共有する体制が整備された。これにより、過剰に薬をもらおうとする患者の動向や異変に気づけるようになり、処方薬を入手しづらくなった。取って代わってODの中心が市販薬に移行し、さらなる拡大を招いたという。
水谷さんは「宮崎県の状況は都市部における5、6年前の姿」とした上で、「市販薬のODに転がり込まない今のうちに早期に対策を取って」と訴える。
調査は、宮崎日日新聞社が県内10消防局・消防本部に依頼、全てから回答を得た。
「夜回り先生」水谷修さんに聞く
■背景に心の傷や孤立感
「夜回り先生」として知られ、本紙「月曜エッセー ことば舞う」で執筆中の水谷修さんは、薬の過剰摂取(オーバードーズ、OD)の背景にある子どもたちの心の傷、痛みを見詰めてきた。ODがその人生に及ぼす影響の大きさに危機感を抱き、早急な対策を訴える。本県を含む全国の状況や問題の背景を聞いた。(聞き手 本紙論説委員)
-ODの急拡大を認識し始めたのはいつ頃か。
水谷 2022年7月から市販薬のODの情報が入り始め、私の研究所(水谷青少年問題研究所)への相談も急激に増えた。東京・歌舞伎町の「トー横」、大阪・道頓堀の「グリ下」といった繁華街に、心を病んだ女の子たちが意識朦朧状態で寝そべっている。性的暴行や売買春の被害に遭う。警察や仲間たちと集中的に夜回りし、保護してきた。
-救急搬送件数は実態を知る手掛かりになるか。
水谷 実は約10年前、救急隊員にODの救急搬送について直接尋ねていた。危険ドラッグ、処方薬のODが問題になったころだ。
私はこの17年間、救急救命士を養成する東京都八王子市の救急救命東京研修所という研修施設の教員を務めており、毎年、全国から選ばれた前期と後期の計約600人にOD搬送経験の有無を質問した。全員が搬送経験あり、このうち同じ患者を2回以上搬送したのは約200人、現場に到着して既に亡くなっていたのは約100人という結果だった。薬の乱用が大変な事態になっていると感じた。
実態を知るため救急搬送件数と結びつけるのは私が思いついたこと。国に対策を迫る際も、客観的で重要なデータになる。
-OD問題の背景をどう見ているか。
水谷 2023年に入って加速度的に広がり、名古屋、福岡、広島と全国各地に飛び火した。学校がつらい、家庭に居場所がない、生きづらい。そういう子どもたちがインターネットやSNSでつながり、「楽になる方法があるよ」と教えられ薬物に手を出す。非行歴のない一般の中高生に広がっている。
調べたところ昨年夏、家出して東京で補導された宮崎県出身の女の子が5人いた。生きづらさを抱えどうしようもなくなった子どもたちが都会に流れ着いている。心を病む社会、生きにくい社会。その「イライラ」を子どもたちは敏感に感じ取っている。
-都市部で問題になっている市販薬のOD。その影響は。
水谷 麻薬成分を含む市販薬を大量に、一定期間飲み続けたらどうなるか。ほぼ、元には戻せない。一生その副作用で苦しむことになる。何より怖いのは数種類の混ぜ飲みだ。
ヘロインや覚せい剤など単体なら、脳の壊れ方は把握できる。医療技術も確立されている。しかし大量の市販薬の混ぜ物だと、脳の壊れ方が全く読めない。修復方法も未知数。肝臓障害も併発する。この点で処方薬より市販薬が怖い。宮崎ではまだ、市販薬のODに転がり込んでいない。今のうちに早期にしっかりと対策を取ってほしい。
-必要な対策は何か。
水谷 最初に、OD患者を救急搬送し解毒して終わり、ではないと強調しておきたい。ODに至った経緯、根底にある生きづらさや悩み、学校や家庭の状況などを把握し、根本的な解決へ道筋をつけることが大切だ。治療後、保護者の了解を得て保健所に通報し、保健所が徹底してケアに入る。児童相談所、警察、学校の介入も重要になる。アフターケアにたどりつかない現状のままでは一向に解決できない。
ODは繰り返す。依存症治療が欠かせない。薬の乱用がいかに危険であるかを子どもたちや保護者に教育する必要もある。学校薬剤師や我々専門家の出番だ。今、対策を講じなければ、最終的に子どもたちを死に追いやってしまう。
-苦しんでいる子どもたちに伝えたいことは。
水谷 日本中の子どもたちから「死にたい」「苦しい」と相談が続々ときている。自分のこと、過去にとらわれているから悩むのであって、どんなに考えても答えは出ない。
彼らに最初に伝えるのは「体を動かしてごらん」「人のために何かやってごらん」。きっと「ありがとう」という言葉が、優しさが返ってくる。それが君の明日を開くよ、と。
自分のためじゃなく、人のために体を動かしてみてほしい。家の中なら洗濯や掃除でもいい、手伝いでもいい。学校なら一足早く登校して皆の机をふくのでもいい。「ありがとう」の言葉が、「自分は必要とされている」「生きていていいんだ」と、君の生きる力になるはずだ。
ほかの誰かに救いを求めるのもやめよう。救いは人の中にはない。救いは自分の中にしかない。
ここから先は
¥ 300
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?