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#124歌声に癒されて。

交通事故にあう前、わたしにとって音楽を楽しむ時間は散歩の時間に限られていました。家事をする際は軽くラジオを流している程度です。料理をしている時にイヤホンで耳をふさぐと、フライパンの中で焼けていく食材のジュージューいう音やお鍋のグツグツいう音が聞こえづらく、料理に集中できないからです。

入院中は、トイレ以外はベッドの周りからほぼ動けない生活が12日間続きました。骨折による炎症反応で微熱も持続しました。全国的にコロナの感染者数が増加しはじめ、病棟内にも感染した人もいたようで、スタッフから「この人も隠れコロナなんじゃないのか?」とあらぬ疑いをかけられてしまいました。4人部屋だったのですが、万が一に備えて部屋の扉がしめられました(感染が広がらないように)。同室者の一人は、わたしのせいで(苦笑)予定を繰り上げ、早々に退院していきました(結局、わたしの熱は下がらず、検査を受けたところ陰性でした)。

痛すぎて動けない数日が過ぎると、腕は内出血してパンパンに腫れていても、固定バンドと三角巾で保護していれば痛みは気にならない程度に治まりました。内服していた痛み止めの効果もあっただろうと思います。そうなると次なる敵は「退屈くん」です。これが本当に手ごわくて。かすかに残っている元気を吸い取っていきます。時間が全く進んでいかないように感じられるし、思考のまとまりがほどけていきそうにもなります。

これまで内臓疾患ではない怪我などの場合、痛みのコントロールさえできれば考え事をしたり頭を使う作業に大きな支障はないだろうと思っていましたが、大きな大まちがいでした。身体にダメージを加えられると脳の働きも一旦悪くなり、意欲も集中力も湧いてこないのです。

「このままじゃ、益々気分が滅入ってしまう」
その頃、宮崎県で大きな地震があり南海トラフの危険に注意を呼びかけるニュースがテレビで何度となく流れていました。手術前の状態で、もしこの辺りで強い地震が起こったら、わたしはもうダメだわとも想像しました。

早めの夕食が終わると、長い長い病棟の夜が始まります。消灯は22時なので、それまではイヤホンでテレビを見ました。芸人さんが歌の物真似をする番組があり、そのうまさに聴き入ってしまいました。こんなに感動しながらテレビの歌番組を見たことはありません。聴けば聴くほど、気持ちがほぐれ軽くなっていくのです。

その後、自分のスマホで散歩ソングにしているユーミンを聴いてみたところ、涙がこみ上げてきました。やっと感情が動きだしたのが自分でも分かりました。事故にあった直後から心も身体も緊張状態にあり、自分の意思の力だけでは、力みを取り除くことが出来なかったようです。音楽の力というのは、傷ついている時こそ身に沁みるものなんだなあと、一人しみじみしました。入院して6日目のことでした。

退院してからも、はじめの一週間はほんとうに身体がしんどくて、部屋のどこかで丸まって過ごしました。臥床できれば楽なのですが、腕が痛くて横になれず、無印の1メートル四方の大型クッションの上でなんとか体重を分散させて、腕の違和感を減らしながら斜めがけに座って過ごしました。

病棟の夜も長かったですが、自宅の夜も果てしなく長くて、まとめて2時間眠れたら御の字というこまぎれ睡眠状態です。ただ夜、窓を開けていると虫の鳴き声が聴こえてきたり、朝方になると空が明るくなってきて蝉がミンミン歌い始めたりで気が紛れました。

退院4日目の夜中に、ナウシカさんこまろさんの絶賛する藤井風さんの歌をスマホで聴いていたら、また涙が止まらなくなりました。今回は自分が何故泣いているのか、自分でも分かりました。わたしは自分の身体が傷ついたことが悲しかったのです。ただただ悲しみのために涙が溢れました。いろんな感情が混じり合った涙ではなく、悲しみのためだけに泣けたことで、その日もほとんど眠れなかったにも関わらず、すっきりとした気持ちで朝を迎えることができました。

突然に起きた不慮の出来事を受け入れ、もう一度自分らしい日常を取り戻そうとし始めることが出来たのは、あの晩、歌声に助けられ、悲しみを表出できたおかげだと感じています。人の歌声には確かな癒しの力があります。

(この記事を書いたのは3日前です。今は腕の腫れがかなりひいてきて眠れる時間も増えてきました。身体のもつ回復力ってすごい!)





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