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その映画、やっぱり凶暴につき:新文芸坐に『その男、凶暴につき』を観にいく

※注意 この文章を読む際はネタバレ等、核心部分への言及があります。個別に判断したうえで、読んでください。特に今回は『その男、凶暴につき』を見たことがある人向けに書きました


 19日、仕事がたまたま休みだったので、池袋の新文芸坐に行ってきました。『その男、凶暴につき』をスクリーンで観てきました。

 この映画については、大学の卒業論文(『アキレスと亀』と『その男』の比較でした)で書いた作品ですし、その卒論を少しバージョンアップしてnoteに書いたこともあるくらいなのですが、実は劇場で観たことがない映画でした。


 ですので「満を持して」という感じで、作品の魅力を十二分に知っているつもりでしたが、はじめて見た時のように新鮮な感動をもって鑑賞することが出来ました。


黒澤さんの画?

 松村邦洋のたけしモノマネに「やっぱり黒澤(明)さんのなんだよなあ……」という、有名なネタがありますが、「もしかしてこのカットかも?」と思う箇所を発見しました。

 少し前にU-NEXTで『どですかでん』を見たのですが、小学生たちが頭師佳孝に空き缶を投げつけるカットが、『その男』で橋の上から子供がボートに缶を投げつけ、走り去る場面が、「これはもしかして!」という感じがしました。これは検証の余地がありそうです。


白竜の存在感

 この映画のもう一人の「凶暴な男」である、清弘を演じる存在感はやっぱり凄いものがありました。私はこの映画に出会って以来、「存在感」という言葉を耳にするたびに清弘を思い出すくらいです。

 主人公である我妻(たけし)と同じく、他者を圧倒する暴力を持ちながら、両者ともに結局はボスのいる組織の中の人間であり、パーソナルな部分でも両者マイノリティを含んだ立場(精神的に不安定な妹を抱える我妻と、同性愛者である清弘)を持つという、このアンニュイな役柄を静かに演じることができる俳優は、そうそういないと思います。


堪え笑い

 この映画のキモはやっぱり暴力のテンポの良さです。妹の灯(川上麻衣子)を手籠めにした男が我妻から階段から蹴っ飛ばされますが、「お見事」と言いたくなるようなスピード感をあらためて感じました。

 あまりに歯切れよく暴力を振るう様子に、客席からちょっと笑いがこぼれることもしばしばありました。「爆笑」ではありませんが、「思わず」という風にです。これほど暴力を全面に押し出しながら、「笑いを誘う」ことが出来るのは、この作品が他の作品と一線を画す部分ではないでしょうか。


たけしの沈黙

 前半かなりバカヤローを連呼していた我妻ですが、清弘と対峙していくに連れどんどん口数が少なくなり、最終盤はほぼしゃべらなくなります。

 この沈黙は映画館という空間でこそ、そのインパクトをあらためて感じられました。映画館という観客に「逃げ道」を与えない閉鎖空間においての我妻の沈黙は、観客に心地の悪さという「ダメージ」を確実に与えていました。


いびつさ

 また、あらためて「いびつ」な映画だと実感しました。映画のセオリーとしては「そのカットは無くても成立するのでは……?」という部分もありますし、「美しさ」という観点では、やはり『ソナチネ』に軍配があがるかと思います。

 しかしこの「いびつ」さがあるからこそ、どこで暴力が爆発するかわからない恐ろしさをはらんでいるように見えます。バイオレンス映画に一番必要な要素でもある「痛さ」は、その後のどんな北野映画にも勝っているように感じますし、この「いびつさ」を狙って撮るのは難しいように感じます。


ふたつの軸をまたぐ

 四方田犬彦が『日本映画史110年』という本の中で、「日本映画にはモダンな市民を撮った“東京”と、時代劇やそれを進化させた任侠映画を撮った“京都”の軸がある」(要約)と書いていましたが、『その男』含めた初期の北野映画は、その中間にかなり近いのではという感想を持ちました。

 題材は暴力刑事と任侠映画的ですが、そうした映画に描かれる生死をはっきりと描く、明朗な生き方は存在せず、むしろ対照的ともいうべき、現代社会で心の晴れることのない人間が振るう暴力であると、再度認識することができました。


 新文芸坐を出て感じたのは、サスペンス映画を観終わったあとのような、背筋がゾクッとする冷たさでした。バイオレンス映画ではありますが、一般的なそうした映画にある「ホット」なものとは正反対にある後味が『その男』にはあります。肉体的にも、精神的にもやっぱり恐ろしい映画です……。


(文中敬称略)
参考:四方田犬彦「日本映画史110年」 集英社新書2014年 P.38-39,P178-179

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