感情リテラシーとイノベーション
私は、イノベーションへの挑戦者を支援すると同時に、自らもイノベーションへ挑戦し続ける中で、新規事業開発・人材開発・組織開発の「三位一体開発」を提唱しています。そしてイノベーションの手法の探求と同時に、いずれの領域においても必須でありベースでもある「EQの開発」にも取り組んでいます。
具体的には、イノベーションの支援者としての立場では、ビジネスモデルイノベーション協会の代表理事としてグローバル標準のメソッドの普及啓蒙に携わりつつ、国際的なEQ開発組織であるSix Secondsの国際認定資格の保持者として、様々な人や組織のEQ開発の支援も行っています。そして実践者としての立場では、いわゆる大企業でビジネス開発グループのリーダーをしながらメンバーと共にイノベーションに挑戦し続ける中で、EQ知見を活用しているのです。
以前、全体像としては「イノベーションと感情知能(EQ)」という記事にまとめましたが、本稿では、感情知能を構成する要素の一つである「感情リテラシー」とイノベーションの関係について、詳しくみていきたいと思います。
はじめに
感情リテラシーとは、単純なものから複雑なものまで、感情の状態を正確に認識し、解釈し、それらを言語化する能力を指します。これが新規事業開発やイノベーションにおいて重要な役割を果たす理由は、感情リテラシーが自己理解、創造性やリーダーシップの発揮、顧客理解といった重要な要素に深く根ざしているからです。
ビジネスの成長や組織の革新を支えるのは、単に技術やアイデアだけでなく、感情の理解や適切な扱い方が大きく関係します。ここでは、感情リテラシーがどのように役立つか、具体的な観点から考察していきます。
1. 自己のモチベート
感情リテラシーは自己の感情を正確に把握することを通じて、それを前向きなエネルギーに変える力にもつながります。新規事業開発は不確実性や困難が伴うプロセスであり、感情が乱れたり落胆しやすい場面も多くあります。このとき、自分の中で湧き起こる感情を認識し、その変化に気づき、モチベーションや自己信頼を支える感情を意識的に活用できる能力は、ビジネスを推進するための強力な推進力となります。自己の動機づけに感情を利用することで、自己効力感が高まり、困難に対する耐久力や適応力も増します。
具体的な実践方法としては感情を「書く」ことによる外在化・言語化があります。日記のようにして日々のリフレクションに感情面を取り入れるのが一つの方法となるでしょう。様々な方法がありますが、私は「できたこと手帳」を活用し、日々の「できたこと」を感情とともに振り返りつつ、週次で深い振り返りをすることを習慣にしています。
2. チームビルディング
チームは個々のメンバーの感情が相互に影響し合う場です。リーダーはもちろん、メンバーがお互いに感情リテラシーを活用してまずは自らの感情を適切に把握し、それをお互いに理解し合うことによって、共感的な場が形成できます。それによって、メンバーのモチベーションを引き出し、それを共有しやすい心理的安全性の高い場へとつながり、協力的なチーム文化が醸成されていくのです。特に、新しいアイデアを試行錯誤しつつも成果が出づらい場面では、感情的なサポートやポジティブなフィードバックが重要になるため、各人の感情リテラシーが、周囲からのサポートやフィードバックのしやすさに繋がります。これにより、やがてメンバーは安心して創造性を発揮できる環境が整い、お互いの気づきを言いにくいことも含めて共有し合うことで、チーム全体のイノベーション力がぐんと高まります。
これを実践するには、日常的に感情的な面も含めて「ききあえる」カルチャーが不可欠になります。私は特に、1on1などの場だけでなく、週次のミーティングの場でも、業務の話に入る前に、感情面の自己開示を率先したり、業務報告を受けた際に「その時どう感じたか」「今どう感じているか」などの質問を取り入れることで、感情リテラシーをお互いに高め合う工夫を取り入れています。
3. 深い顧客理解からのソリューションやUXデザイン
新規事業開発において、顧客のインサイト(まだ言語化されていない欲求や真の望み)を理解することは、価値ある製品やサービスを生み出すための非常に重要な鍵となります。感情リテラシーは、自らの感情への理解を通じて、顧客の感情や深い動機、あるいは行動の背景を共感的に理解し、メンバーやステークホルダーと共有することにも役立ちます。これにより、単に機能的・表面的な要求を超えたソリューション開発や、UXデザインにつながるのです。更に、顧客との感情的なつながりを意識したブランドが構築できたとすると、機能やコストなどをの合理を超えた深い関係性の構築にもつながるでしょう。
例えば、顧客理解につながるツールとしては、共感マップやカスタマージャーニーマップ、あるいはバリュープロポジション・キャンバスなど多岐に渡りますが、これらに記載される感情に関する言語の選択と、思考・行動との分類を含めたニュアンスの違いなど、それぞれ描き分けることなどに感情リテラシーが発揮されます。それらによって、より「解像度の高いプロファイリング」につながることは、これらに触れたことのある皆様であれば、大いにご納得いただけるのではないでしょうか。
4. ステークホルダーとの関係構築
新規事業の成功には、内部および外部のステークホルダーとの関係性が大いに影響します。感情リテラシーを発揮することで、各ステークホルダーが抱える不安や期待を敏感に察知し、それを共有し、適切なコミュニケーションを取ることで、信頼関係が築かれやすくなります。特に、事業のリスクや資源の分配が課題となる際に、互いの立場や感情に寄り添うことで、協力的な合意形成が進みます。感情リテラシーが高いチームであれば、対立や摩擦を解決し、長期的なパートナーシップを形成するためのコミュニケーション力の発揮にもつながるでしょう。
自らの経験はもちろん、これまでの新規事業開発等の支援活動や交流のなかで、多種多様な「大企業の新規事業担当者」あるいは「資金調達したスタートアップの経営者」等と接してきましたが、ステークホルダーとの関係性に悩みを持っている事は決して少なくありません。むしろ、意識の多くをそこに持っていかれてしまっており、それによって本来の価値創出・事業開発に専念できなくなってしまっている様な状況も目にしてきました。一方で、こうした難しい状況にあっても、自分自身やステークホルダーの感情面着目することが、それぞれが大切にしている価値観の理解に繋がり、突破口になることを経験してきました。これらの活動を少し振り返ってみる中でも、改めて感情リテラシーの重要性に気付かされます。
5. ビジョンや戦略の構築
新規事業開発において、ビジョンや戦略は単なる目標の設定ではなく、関わる人々が強く共感し、個々の内発的な動機が誘発される様なものである事が理想的です。感情リテラシーを発揮することで、ビジョンや戦略への自らの期待や不安を察知して言語化し、それらを個々のメンバーが持つ価値観やモチベーションの源泉への共感につなげることで、彼らが自分の目標を全体のビジョンへと統合していくことに意識的になることができるでしょう。これは、感情をうまく言語化し、組織全体が共有できる形に変えることで初めて可能となります。感情的な要素を含んだ戦略やビジョンは、チームや組織の中で一体感を生み、メンバーが共に成長する場として機能します。
これに関しては、他の項目と同様に試行錯誤の連続ですが、私はレゴ・シリアスプレイというレゴブロックを活用したワークショップの認定ファシリテーターでもあり、これをチーム内のビジョンの統合を目指して実践した社内外の多岐にわたるケースにおいて、それぞれが非常に価値のある取り組みだったと感じます。各々が個々の「作品」を通じたストーリーを語るのと同時に、それらの作品を配置するなどして「一つの作品」としてストーリーに統合することで、新たなビジョンが深い感情とともに共有化されるプロセスは非常に強力であり、多くの方に体験していただきたいものです。
最後に
感情リテラシーは、新規事業開発やイノベーションにおいて単なる補助的なスキルではなく、革新や成功を促進するための根源的な要素の一つです。感情を適切に把握し、意図的に活用できる様になることで、ビジネスの成功確率を飛躍的に高めることができ、組織においても長期的な成長を支える基盤となります。感情リテラシーは「感情知能(EQ)」を支える要素の一つですが、最もベーシックかつ応用範囲の広いコンピテンシーであるといえるでしょう。
最後までお読み頂きありがとうございました。