いつまでもあると思うな親と美容師
あなたには、指名したいと思うほどの美容師さんがいるだろうか?
実は、私にはこれまでそういった人はいなかった。そもそも、定着できる美容院すら見つからず、あちこちのサロンを転々としてきたのだ。
それが、30歳を目前にして思いがけず安住の地を見つけることになった。
ふと選んだ美容室で、それはもう素晴らしいスタイリストさんと出会った。技術があり、接客も軽やか。ここまで自分に合う美容師さんがいるのかと驚いた。この気持ちを表現するとしたら、まさにアナ雪の「生まれてはじめて」がぴったりだろう。
というのも、私は極度の緊張しいで美容師さんと話しているだけでも汗が出てくる。そしてなぜかどっと疲れる。だけど、その美容師さん(以下Sさんと呼ぶ)と話すときは自然体でいられてリラックスできた。
Sさんは一を言えば十をわかってくれるような人だった。髪型とか、カラーリングには疎い私が「こういうふうにしたい」と画像を見せたら、本当にそういう雰囲気を作り出してくれるような理解力とそれを再現する技を持っていた。
美容院ではしばしば「段はつけますか?」とか「レイヤーは入れますか?」と聞かれるが、正直私にはわからないのだ。段をつけたらどうなるの?レイヤーのあるなしでどう変わるの?そういうオシャレ Lv.1くらいの私にも、Sさんは真摯に違いを説明してくれる。
Sさんを気に入った極めつけは、話が面白くて趣味が合うところだった。美容院では基本的に寡黙で、静かにしていたいタイプの私。それでいて、他のお客さんが美容師さんと盛り上がっていると、自分との話が弾まないのは私がつまらない奴だからだ、と勝手に自信をなくす。何これ、私って超めんどくさい人間じゃあないか。まあ、それはともかくとして。そんな私が話していて本気で爆笑でき、勝手に話が盛り上がってしまう。さらに、お互い海外ドラマが大好きで好みもぴったり合致する。こんな人は、そうそういるものではないだろう。
最後にSさんにカットとパーマを頼んだのは2020年の10月だったか。元々髪には無頓着で美容院にはほとんど行かないのだが、コロナの影響も相まっていつも以上に足が遠のいていた。久しぶりに髪を切りに行こう!と思い立ったのは、あれから半年経った2021年4月のことだった。
この4月、私は初めての仕事を請け負っていた。簡単に言えばお客様のコンサルなのだが、zoomで顔を出して人と仕事をする機会が増えた。そこで今まで感じたことのない、違和感に気づいた。「私、なんだか老けたな。。。」
童顔の私は、ずっと大人っぽいお姉さんに憧れてきた。カッコよくてヘルシーな雰囲気のある中村アンを目標に、前髪を伸ばし、ワンレンにしていたのだ。髪型自体は理想に近い形であったが、いかんせんこのご時世の引きこもり生活のせいで、顔の面積は広がる一方。顔のパーツが小さい私には、今の状態でワンレンにすると、どうにも老け込んで見える。ここまで伸ばした前髪は惜しい。だが、人に見られる仕事も始めたことだし、中村アンを目指すのはもう少し痩せてからだ!と考え直した。かくして、私は数年ぶりに前髪をつくる決心をし、ついでに髪も明るくしようと某サロン予約サイトを開いたのだった。
予約履歴を開き、Sさんがいるサロンを選択する。いつものようにスタイリストの指名画面へ移行して・・・・・・そこではた、と手が止まった。
あれ? Sさんの名前が・・・ない・・・・・・だと!?
何かの間違いだろうと何度も確認したがやはりない。瞬間、いろんな考えが頭をよぎった。何かご病気などで一時的に職場を離れていらっしゃるのかもしれない。いや、もしかしたら系列店へ異動になったのかも。咄嗟に系列店を調べ、スタッフをチェックするも見当たらない。そうだ、ひょっとしたらご実家に帰ってしまったのかも・・・?
それはもうストーカーのごとく、Googleで名前を検索して調べまくったが出てこない。この時に私はようやく気づいたのだ。
「いつまでもあると思うな親と美容師」
私はいつの間にかSさんを頼り切っていた。この人ならいつでも自分をきれいに仕上げてくれると。でも、そうだよ。美容師さんだっていつまでもお店で働いている保証なんてないんだ。私だって、仕事を転々としてきたじゃないか。なんで、いつまでも居てくれると思っていたのか。
もう会えないんだという不安を抱きつつ、真相を知りたくて彼女がいたはずの美容室へ予約を入れる。そして当日、担当してくれた美容師さんにそれとなく聞いてみた。
「Sさん、辞めちゃったんですか?」
「ああ、そうそう。どうも自分のお店を出したらしいよ~」
そうか。彼女は素晴らしい美容師さんだったし、何より腕があった。独立して当然だろう。できるなら、そのお店に行ってまた切ってもらいたいと思うけれど。どこにお店を出したのか、何という店名なのか、何もわからない。
前回切ってもらったのは半年前だったが、その時には独立の話は出てこなかった。私に打ち明けるほどではなかったのかもしれないし、単純にお店では独立の話をできなかったのかもしれない。
いずれにせよ、独立のことについては何も聞けないまま、Sさんには会えなくなってしまった。久しぶりに感じた喪失感だった。
だけど、私にはどこか誇らしい気持ちもあった。人生で、「この人にならもっとお金を出してもいい」と思える人は、これまでいなかったから。自分にもそんな存在の人がいたんだと思うと、寂しくはあっても、悲しい気持ちにはならなかった。何より、Sさんが美容師を辞めたわけではなく、彼女にとって喜ばしいキャリアを歩んでいるとわかって嬉しかった。Sさんも、まさかこんなクソデカ感情を抱かれているとは露ほども思っていないだろう。
こうして、私の安住の地は突如として消えてなくなった。これから、私はどうしていけばいいのだろう?少しの寂しさと誇らしさだけを握りしめて、私は新たな美容室を探す流浪の旅に放り出されたのだった。
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