保護犬が愛犬に変わる1259日
幕開け
それは思いもかけない、偶然の出会いだった。
11年前の7月。当時、私はまだ大学生だった。前期のテスト真っ只中だった私は、実家で扇風機を回しながら、自室の机で課題レポートに取り組んでいた。
そこに飛び込んできた突然のメール。
送り主は大学の友人だった。いつも一緒に昼食を食べるグループ、いわゆる「昼メン」に一斉送信で送られてきたメールの内容はこうだった。
メールには彼女が見つけたという柴犬が寝転がっている画像も添付されていた。明らかに子犬とは呼べない成犬の写真だ。
我が家はペット可のマンションで、母は犬の飼育歴あり、私と姉も祖父母が飼っていた柴犬を世話した経験がある。犬の預かり先としてはうってつけだろうが、それにしても今日の今日だ。さすがに無理だろう、そう思った。しかし、明日もテストがあるのに今まさにその柴犬を保護して家にも帰れないでいる友人を思うと、どうにかしてあげたくなった。
私はまず、母親に相談した。すると、犬好きの母は二つ返事で「うちで預かろうよ」と言ってくれた。とりあえず一週間保護するという名目の元、父には事後報告で、柴犬を預かることで話がまとまった。
迷い犬との対面
すぐに友人に連絡した私は、受け入れ先として立候補する。私たちが迷っている間にも、友人はあらゆる可能性にかけて、柴犬の飼い主を探そうとしてくれていた。
・首輪に手掛かりはないか
・動物愛護団体への連絡
・近くの動物病院での聞き込み
・近場を散歩させてみて家に帰ろうとしないか
努力も虚しく、飼い主の情報を得られないまま、柴犬は友人とともに愛護団体の方の車で我が家へやってきた。
柴犬と対面したときの第一印象は、「あれ、大人しくない」だった。確かに友人からのメールには「大人しい性格です」とあったが、散歩中は息も荒く激しくリードを引っ張り、他の犬には敵意全開。自宅に戻ると少し落ち着いたので、その日は我が家の玄関に簡易的な柵を作り、リードをつないで一晩を過ごしてもらった。この日から、我が家の生活はたった一匹の犬中心の生活へと変貌する。
柴犬は、私の大学の校章にちなんで「サクラ」と名付けられた。実のところ、愛護団体の方がもっと変な名前をつけようとしていたが、それを阻止してくれた友人には今も感謝の念が絶えない。
サクラは始めこそ脱走するようなこともあったが、すぐに我が家に馴染んでくれた。その間にも、迷い犬の飼い主を探して動物病院などを当たってみたが、これといった情報はついに見つからず。。。一週間経つ頃には、初めは反対していた父もサクラを気に入り、話し合いの末に我が家でこのまま引き取ることが決まった。
サクラが持ってきたホタテ
同じ犬種でも顔の造りは結構違うもので、サクラは柴犬の中でも狐のような顔をしていた。そして一番の特徴は、胸のあたりの毛が、「ホタテ」の形をしていたことだ。
我が家に来たばかりのサクラはやせ細っていて、毛量もかなり少なかったのでたまたま「ホタテ」の形が出来上がっていたが、このあとどんどん毛が生えてそのホタテは消えてしまった。
姉はそのホタテを「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」という有名な巡礼路のシンボルであるホタテに見立て、「サクラは巡礼しているんだね」と話していた。そう、サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼者は、みなホタテのマークを目印にし、ホタテの貝殻を身に着けて1500kmにも及ぶ巡礼路を歩き続けるのだ。
サクラと過ごした時間
実はサクラは、この時すでに7~9歳という中年犬で、このあと約3年半を我が家で過ごして虹の橋を渡ることになる。晩年には病気で大きな手術もしたが、食欲だけは失わず、散歩にも積極的で、私たちに元気をくれる最高の家族になっていた。
思い出せば様々なエピソードがあり、このnoteを書いている今も、サクラがいないことに目が潤んでくる。サクラは我が家に来た時にはすでに心も成熟していたから、私や姉のことは自分の子どもだと思っていたようだった。冬の日に炬燵の中に入ると、先客のサクラが裸足の私の足を舐めてきて、くすぐったさに足を引っ込めそうになりながらも親切で(?)やってくれている行為だからとひたすら耐えていたこともある。
サクラが来てくれて、我が家は明るくなったと思う。毎日彼女とのコミュニケーションは飽きる事がないし、散歩を始めたことで繊細な季節の移り変わりに気づける目と心が養われた。口は聞けないけど、呆れたり怒ったりする表情に、人に接しているそれと同じ感覚を覚えた。
私にとってサクラは、いつの間にか本当の家族になっていた。ただただ、彼女と過ごしてたくさんの幸せを与えてもらったと思う。
どこから来たかもわからない、ほんとの名前も知らない。でも私たちを愛し、私たちの家を巡礼のゴールとしてくれたことに、心からありがとうを伝えたい。私は、大切なサクラがゴールの地として定めた我が家で、共に時を過ごせたことが嬉しかった。
ホタテを持った巡礼犬は、私たちに幸せな時間を与えて巡礼路を歩き切った。彼女と出会えたこと、過ごした時間、全てに感謝し、この記事を愛すべき家族、サクラへ捧げたい。
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