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やがて王国を追放される貴族の僕の英雄物語 第1話 僕はメイドに告りたい

  *

 僕が好きな子はメイドだった。

 ほどよい長さの水色の髪に宝石のように輝く紫色の眼をした白い肌の少女。

 彼女の名はメイ・ドリータ。

 僕――ゴーシュ・ジーン・サマーの専属メイドだ。

 幼いころから常に一緒だった。

 いわゆる幼馴染ってやつだ。

 けど、僕らは幼馴染と言える仲であるかと言われたら微妙なところだ。

 だって彼女にとって僕は、あくまでご主人様であって、メイドとして尽くすべき存在なのだから。

 それゆえに動くなら僕のほうからなんだ。

 僕のほうから動かないと、僕は貴族の許嫁と結婚させられてしまう。

 貴族と使用人の関係上、僕がメイと結婚したいなんて言ったら、国がとんでもないことになってしまう。

 もしメイと結婚するなんて僕がみんなに言ってしまったら、メイが批判されるのは目に見えてる。

 だから、そうなる前に自分の力で生活できるように努力して家を出ていく努力をしなくてはいけないんだ。

 そのために今は、耐えるしかない。

 いや、それ以前に……僕はメイに告白して結婚の許可をもらわなくてはいけない。

 僕に残された時間は少ないと思っていた。

 あんなことが起こってしまうなんて。

  *

「おかえりなさいませ、ご主人様」

 屋敷に帰ると、メイド服を着たメイがいた。

 彼女はいつも通りの無表情で出迎えてくれる。

 この無表情なところがいいんだよなぁ……。

 他の子たちは「感情がない」とか言うけれど、それがいいんじゃないか。

 クールな雰囲気がメイのよさなんだ。

 そんなメイだからこそ好きになったんだけどね。

 さて、これからどうしようか? まずはメイに話を切り出そうかな。

「あ、あのさ、メイ……」

「はい?」

「えっと……その、なんというか……あーもう! やっぱりなんでもない!」

 言えない。

 メイのことを好きだなんて口が裂けても言えない。

 だってそれじゃあまるで僕がプロポーズしているみたいじゃないか。

 まだメイとの距離は全然縮まってないし、そもそもそんなこと言ったら嫌われちゃうかもしれない。

 いや、メイに限ってそれはないか。

「はぁ……」

 ため息をつく。

 ダメだ。今日も言い出せないまま一日が終わった。

 こんなんで僕はいつまで我慢できるんだろうか? メイのそばにいたい。

 もっと近づきたい。

 でも、今の関係を壊したくない。そんな気持ちがぐるぐる回って、結局何もできない日々が続いている。

 情けないよなぁ……。

「大丈夫ですか、ご主人様?」

「うん、ちょっと考え事してただけだから平気だよ」

 心配してくれるメイに笑顔を見せる。

「何かあったらわたしに相談してくださいね」

「ありがとう」

 お礼を言うと、メイは部屋から出ていった。

 相変わらず無表情だけど、その顔からは優しさを感じる。

 やっぱりメイのことが好き。

 誰にも渡したくない。……そうだ。いっそ告白しちゃおうか。……いや、ダメだ。そんなことしたら国中を巻き込む大騒ぎになる。

 それにメイのことだ。きっと困らせてしまうに違いない。……けど、このまま黙っているわけにもいかない。

 よし、決めたぞ。明日こそ告白する。そして許可をもらうんだ。

「待ってろよ、メイ」

 決意を新たにしたその時だった。

 ――ドンッ!! 突然、外から大きな音が聞こえてきた。

「何!?」

 慌てて外に出ると、そこには信じられないものがあった。

「なんだ、あれは……」

 思わず言葉を失うほどの光景が広がっていたのだ。

 そこにいたのは巨大な怪物だった。

 真っ黒な体躯に鋭い牙と爪。赤い目だけが怪しく光っていた。

 その手には巨大な剣を持っている。

「グルルルル……」

 怪物は低い声で鳴くと、こちらを見た。

 目が合う。

 次の瞬間、僕の体は震えていた。恐怖で足がすくむ。逃げなければ殺される。本能的にそう思った。

「ご主人様!!」

 声の方を見ると、メイが走ってきているところだった。

「メイ、危ないから早く中に戻れ!」

「ご主人様を置いて逃げるなんてできません」

「バカなこと言ってないで早く戻るんだ」

「嫌です」

「メイ!」

「わたしはご主人様を守るために生まれました。ご主人様を守るためなら死ねる覚悟もあります。だから、ご主人様を残して自分だけ安全な場所になんて行けません」

「メイ……」

 ああ、本当にメイらしい。

 だからこそ僕は君に惹かれたんだ。

「わかった。一緒に戦おう」

「はい」

 メイは僕を守るように前に出た。

「グオオォオオッ!!」

 怪物が雄たけびを上げる。ビリビリと空気が振動して肌を刺すような痛みを感じた。

「メイ、君は下がっていて」

「いいえ、下がりません。ご主人様もわたしが守ります」

「ははっ、頼もしいな。けど、無理だけはしないでくれよ?」

「はい」

 僕はメイを庇うようにして立つと、腰に差した細身の長剣を抜いた。

 この世界では武器を持つことが許されている。

 だが、まだ子供である僕が持つにはあまりにも不釣り合いなものなのだけれど、僕には剣と魔法の才能がある。

 そのおかげで、この程度の武器なら扱えるんだ。

「よし、いくぞ!」

「はい!」

 僕たちは同時に地面を強く蹴った。

「グルアァアッ!」

 怪物が巨体に似合わぬスピードで突っ込んでくる。

「速い!?」

「ご主人様、避けて!」

 咄嵯の判断で横に飛ぶ。すると、さっきまで僕がいたところに怪物の爪が振り下ろされた。

「ぐぅっ!」

 なんとか回避できたものの、あまりの衝撃に腕が痺れる。

「大丈夫ですか、ご主人様」

「平気だよ」

 心配そうなメイに笑って見せる。

「グルルゥ……ガウッ!」

 怪物は素早く身を翻すと、今度は尻尾を振り回してきた。

「くそっ!」

 かろうじて避ける。さすがにあの一撃を食らうのはまずい。

「メイ、こいつは普通じゃない! 絶対に油断するなよ!」

「はい、わかっています」

 メイは冷静に返事をした。

 よかった。これなら大丈夫そうだ。

 そう安心したのも束の間、怪物はまたしても突進してくる。

「グルウゥオオオオッ!」

「何!?」

 なんと、奴はメイに向かって一直線に走り出した。メイを先に潰そうというのか?

「させねぇよ!」

 メイの前に立ちふさがり、迫り来る怪物の攻撃を受け止める。

「ぐうっ!」

「ご主人様!」

「だ、だいじょうぶ……だ……」

 受け止めたのはいいものの、予想以上のパワーに体が押される。

「く、くそぉ……」

 まずい。このままだと押し切られる。

「ご、ご主人様……」

 メイが心配そうな顔をしている。

「大丈夫だ、メイ……」

 ここで負けたらメイが殺られてしまう。それだけはなんとしても阻止しなければ。

「負ける……もんかぁ!」

 全身の力を込めて弾き返す。

「はぁ……はぁ……」

 肩で息をしながら、怪物を見る。

「グフッ、グフッ……」

 どうやらダメージはあるようだ。だが、決定打にはならない。

「どうすれば……」

 このままじゃジリ貧だ。

 どうにかしないと……どうする? どうしたらいい? 必死に考える。

 しかし何も思い浮かばない。どうしようもないのか? ……いや、まだ諦めてたまるか!」

「ご主人様……」

 メイが不安げに見つめてくる。

「メイ、俺が合図したら目を閉じてくれ」

「え?」

「頼む」

「は、はい……」

 メイは戸惑いながらも了承してくれた。

「グオォオオッ!」

 怪物が再び飛びかかってきた。

「今だ!」

「はい!」

 メイは即座に反応し、目を閉じた。

「グルッ?」

 怪物はメイを見て動きを止める。どうやらメイを獲物として認識したみたいだ。

「はぁああっ!!」

 怪物の背後から斬りかかる。

「グアァッ!?」

「いまだ! メイ、走れぇええっ!!」

「はいっ!!」

 メイは全力疾走で屋敷の中へと入っていった。これでひとまずは安心だ。

「次はお前の番だ」

 僕は怪物と対峙した。

「グルル……」

「悪いけど、ここは通さないぜ」

「グルアアァアアアアッ!!」

 怪物は怒り狂い、僕に襲いかかってきた。

  *

「ふぅ……」

 僕は怪物を倒したあと、その場に座り込んだ。

「お疲れ様です、ご主人様」

 メイがタオルを持ってきてくれたので受け取る。

「ありがとう」

 汗を拭うと、メイが話しかけてきた。

「それで、どうしてあんなことをしたんですか?」

「え? あ、うーん……」

「答えてください」

「それは……その……メイを守りたかったんだ」

「わたしを……ですか?」

「うん……」

「なぜ?」

「それは……その……好きだから……」

「え?」

「メイのことが好き……なんだ……」

 言った……。ついに言ってしまった。

 もう後戻りはできない。

「ご主人様……」

 メイがじっと見つめてくる。

 その瞳には困惑の色があった。

「あ、その……ごめん」

 思わず謝ってしまう。

「ご主人様……その、本当ですか?」

「え?」

「わたしのことを好きだというのは、メイドとしてではなく一人の女として好きということですか?」

「うん」

「そうですか……」

 メイは俯いた。そして、顔を上げてこう告げた。

「申し訳ありません、ご主人様」

「え……?」

 メイの言葉に頭が真っ白になる。

 今……なんて……?

「わたしはご主人様のことが好きです」

「え? えっ!? えーっ!?」

 てっきり振られると思ったのに!

「そ、それってどういう……?」

「わたしは……ずっと前からご主人様のことが好きなのです」

 メイは真剣な顔で見つめてくる。

「そう、なのか……?」

「いえ、本当のことです」

「なら……僕たちは、両想いってこと?」

「はい、わたしはご主人様のことを愛しています」

「…………」

 言葉が出なかった。

 そんな僕にメイは微笑みかける。

「ご主人様、好きです」

 その言葉を聞いた瞬間、僕の心の中で何かが崩れ落ちた。

「うっ……」

 涙が溢れ出す。

「ご主人様!?」

 メイが駆け寄ってくる。

「ううっ……」

 僕はメイを抱き寄せた。

「ご主人様……」

「ごめっ、ごめんっ、メイっ……」

 泣きながら謝罪する。僕はなんて情けないんだろう。メイの気持ちにも気づかずに自分のことばかり考えていたなんて。

 最低だ。本当に最低だよ、僕って奴は……!

「ご主人様は何も悪くありません」

 メイは優しく抱きしめ返してくれる。

「わたしが勝手にご主人様のそばにいただけです。ご主人様が気に病む必要なんてありません」

「……違うんだ。僕が悪かったんだよ。君が苦しんでいたことにも気がつかずに自分勝手なことを考えていたんだから」

「ご主人様、泣かないでください」

 メイがハンカチを差し出してきたので受け取り、目元を拭った。

「ごめんね、メイ」

「いいんですよ」

 メイはいつものように無表情だけど、どこか嬉しそうだ。

「ご主人様、聞いてくれますか?」

「ん?」

「わたしがご主人様を好きな理由ですが、実は一目惚れなんです」

「へ? ……初めて聞いたんだけど」

「あの日、ご主人様はわたしの命を助けてくれました。だから、わたしはご主人様に恋をしたのです」

 あの日……もしかして、あのことか?

 幼いころ、魔物に襲われそうになっているメイを助けたことがある。

 そのことを覚えていたなんて。

「そうだったんだ……」

「はい。それからはずっとご主人様のお世話をさせていただきました。ご主人様と一緒にいると楽しくて幸せでした。こんな時間が永遠に続けばいいなと思っていました」

 ……メイはそこまで僕を想ってくれていたのか。なら、僕も覚悟を決めよう。この想いを彼女に伝えなければ。

「メイ……僕と付き合ってほしい」

「はい、よろしくお願いしますね」

 メイは満面の笑みを浮かべて応えてくれた。

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