ナイちゃんの華麗《カレー》なる人生の記録 第12話
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「ああ。あいつは俺のカレーのライバルでもあり、恋のライバルでもあった」
「恋? それは母さん?」
「いや、母さんじゃない。俺の幼馴染だった女の子だ」
「は?」
「『華麗仙人』の店主は、俺のつくった、まったく新しい金沢カレーのルーのレシピを奪い取ったんだ。『カレーを極めるなら、すべてのカレーを極めればいいじゃないか』とか言って、俺のつくった、まったく新しい金沢カレールーのレシピを『こんなレシピ、ゴミだよゴミ。こんなんじゃまったく世界を変えることなんてできないよ。捨てといてやるから、おまえは一から修行すればいいと思う。そうすれば道は開けるんじゃないか?』と、あいつは言った」
「…………」
「俺はあいつの言うとおりにした」
「…………」
「するとなあ、しばらくした後……あいつは自身の親が経営している華麗《カレー》仙人《せんにん》という店で仙人《せんにん》カレーを出した。特許を出願して」
「…………」
「あいつは俺のアイデアを盗んだんだ。それだけじゃない。あいつは仙人カレーでブレイクしたあと、学校一の美少女と名高かった俺の幼馴染に告白した。それで結婚。俺は彼女に想いを伝えることなく人生が終わったような感覚になった」
「…………」
「そんな中、声をかけてくれたのが、今のおまえの母さんなんだよ」
「…………」
「俺は母さんに甘えてしまったんだ。特許を出願されて、俺は荒れるしかなかった。当然、酒におぼれるよな。わかるよな? 俺は世界を変える存在になれたんだ。なのに、あいつは否定による洗脳をおこなって『レシピを捨てといてやる』なんて嘘をついて……俺はおかしくなってもおかしくないよな?」
「それで?」
「それでってなんだよ」
「それがどういう理由で、わたしたちの家庭が崩壊しなければいけなかったんだよ」
「簡単に説明してやる。俺は弱者だ。ヒエラルキー的な意味では最悪だ」
「最悪っていうと?」
「最下層、最低って意味だよ。俺はいじめられっ子だった。母さんもいじめられっ子だった。だからひかれあったし、結婚もした」
「それで……」
「……でも、俺は母さんを愛していたのか、というと……それは違う。プロポーズしたのは母さんのほうだ。母さんは俺のストーカーだったんだ。下駄箱に何度も手紙を入れたりしてたし、何度も何度も声掛けしてくれた。こんなこと、隣にいる本人の前で言うのはおかしいとは思うが」
「…………どうして、そんなことを言う?」