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マンガノート⑥ 「浦沢直樹の漫勉neo」 惣領冬実『チェーザレ 破壊の創造者』

NHKEテレで毎週放映中の「浦沢直樹の漫勉neo」。         2014年の開始以来、これまでに次のような著名マンガ家の最新作の制作風景を紹介してきました。※( )内は代表作。

〈第1シーズン〉
かわぐちかいじ(『ジパング』)、山下和美(『ランド』)他。        〈第2シーズン〉
萩尾望都(『ポーの一族』)、花沢健吾(『アイ・アム・ア・ヒーロー』)、古屋兎丸(『帝一の國』)他。               
〈第3シーズン〉
池上遼一(『信長』)、浦沢直樹(『MONSTER』)他。    
〈第4シーズン〉伊藤潤二(『首吊り気球』)、山本直樹(『レッド』)他。 「NEO」になってからは、ちばてつや(『ちかいの魔球』)、星野之宣(『2001夜物語』)、諸星大二郎(『暗黒神話』)など。

「漫勉neo」第7回(通算第23回)は、ついに惣領冬実が登場。      今回、取り上げられたのは現在、週刊漫画雑誌「モーニング」に不定期連載中の代表作『チェーザレ 破壊の創造者』。

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いつも通り作者の制作現場にカメラが入って主人公チェーザレ・ボルジアの顔のペン入れの様子が紹介されました。                どうやってあの精緻で美しい絵を描いているのか、その秘密の一端が覗けて興味深かったです。

中でも浦沢直樹が驚いていたテクニックが、消しゴムによってグラデーションをつける裏技。                          まあ、我々一般読者よりも現役のマンガ家さんたちのほうが興味津々で観ていたと思いますが。                         作者の「企業秘密」が、垣間見えますからね。

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作者は「チェーザレ」の人気が日本より本場イタリアでのほうが高くて、ルネサンス時代の自分の国の歴史をこのマンガで知ったというイタリア人読者が多いと言っていました。

日本だと、イタリア人マンガ家が織田信長や戦国時代を題材にした歴史マンガを描き、それを日本の読者が熱狂して読むようなものでしょうか。   まあ、あまり現実感はないですが。

外国のマンガ事情はよく分かりませんが、古くは池田理代子の『ベルサイユのばら』や『オルフェウスの窓』から最近の『ヒストリエ』、『インノサン少年十字軍』、『キングダム』、『イノサン』、『蒼天航路』等のフランス革命やロシア革命や十字軍、『三国志』、『ナポレオン』など、外国の歴史上の事件や人物が好んで取り上げられるのは、もしかすると日本のマンガ界だけの特殊事情かもしれません。

『チェーザレ』の人気ですが、12巻までの総発行部数合計が公称140万部。これだと1000万部以上がざらである日本のマンガ界では、大ヒットには程遠いですね。

主人公のチェーザレ自体日本では知る人が少なく、また舞台が中世末期のイタリアということもあり、興味のない読者にはなかなかハードルが高い作品かもしれません。

それにしても冬実さん、よく喋りますなあ、前々回の諸星大二郎とは人柄も絵柄も正反対。  
勿論、どちらも大好きですけどね。

続巻がなかなか出ない『チェーザレ』、今後の構想の一端でも明かしてくれないかなと期待していたのですが、これは最後まで語られず仕舞で残念でした。

まさか、ロドリーゴの教皇就任でやめちゃったりしないでしょうねえ。
ルネサンス時代のイタリアの歴史(政治・軍事・外交面)で本当に面白いのは、ここからなのですから。

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物語の主人公チェーザレ・ボルジアは、15世紀イタリアの聖職者・政治家・軍事指揮官。

15世紀のイタリアはミラノ大公国、フィレンツェ公国、ヴェネツィア共和国、ジェノバ共和国などの政治形態も異なる都市国家に分裂し、常に周辺の大国の干渉や侵略にさらされていました。

ローマ帝国時代の栄光はどこへやらで、統一国家が存在しないため北部の一部はフランス、南部のナポリ王国はスペイン(アラゴン)の属領になっている有様。

こうした状況に危機感を抱いていたチェーザレは、父であるローマ教皇アレクサンデル6世及びフランス国王の姪と結婚することで同盟を結んだフランスの後押しを受けて、祖国イタリアの統一に乗り出すのですが・・・。

ボルジア家はチェーザレの妹ルクレツィアを主人公にした映画『ボルジア家の毒薬』で描かれているように、手段を択ばぬ汚い権謀術数と政敵の暗殺等でのし上がってきた悪名高い一族と言われてきました。

最近でも、ロドリーゴ・ボルジア=アレクサンデル6世(ジェレミー・アイアンズ)とチェーザレ、ルクレツィアを主人公にした『ボルジア家 愛と欲望の教皇一族』(エミー賞2部門受賞)や『ボルジア 欲望の系譜』などのTVドラマも作られていて、いまだに結構な人気です。

まあ、現在とは道徳観が違いますから、ボルジア家に限らず当時の権力者たちは程度の差こそあれ誰も似たようなことをやっていたのですが、「歴史は勝者によって作られる」ものですから、敗者であるチェーザレやボルジア家が後世、悪玉として描かれるのは致し方のないところではあります。

江戸時代中期に開明的な重商主義政策を行った田沼意次が政敵の松平定信(寛政の改革)によって失脚させられた後、「賄賂政治家」との汚名を着せられ、徹底的に貶められたのと同じです。

しかし、同時代のマキャヴェッリは『君主論』の中で、チェーザレを混乱するイタリアを統一しようとした理想的な君主であるとし、たとえ非道徳的な行為でも、それが国家にとって有益であれば許されると高く評価しています(マキャベリズム)。

この辺のことは、塩野七生が「『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』で詳しく書いているのでお勧めです。

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『チェーザレ』の連載開始は2005年からですから、既に足掛け15年。        
最新刊の第12巻でも時のローマ教皇イノケンティウス8世の死去に伴い、次期教皇の座を巡り、チェーザレの父ロドリーゴ枢機卿とローヴェレ枢機卿との対立が激化。

教皇を選出するコンクラーヴェ(延々と続く長期間の「根競べ」?)で両陣営の暗闘と多数派工作穂巡る権謀術数が繰り広げられている真っ最中。

この後、 いよいよチェーザレは教皇の座を手に入れた父(アレクサンデル6世)とフランスの後押しを受けてイタリア統一の理想実現のために征服戦争に乗り出します。イタリア北部の小国家群を征圧、あるいは同盟を結んで統一まであと一歩の所まで行くのですが、これはまだまだ先の話。

61歳という作者の年齢を考えると、今の刊行ペースのままでは、征服戦争中、織田信長のようなあっけない最後を遂げる終幕までとても行きそうもありません。完結まで作者の寿命どころか、こちらの寿命が持たないのでは?と心配になってしまいます。

これは、アレクサンドロス大王の書記官として大王の死後「後継者戦争 (ディアドコイ ) 」を戦った実在の人物エウメネスの生涯を描く岩明均の超傑作歴史マンガ『ヒストリエ』(現在11巻まで)にも同じことが言えるのですが。

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進行が遅れに遅れているのは、間に『マリー・アントワネット』の連載による中断期間があったにせよ、作者のこの作品に対する尋常ならざるこだわりがあるから。

通説に満足せずわざわざイタリアまで足を運び、詳細な文献調査を行って、通説の誤りを見つけ出す等の歴史考証は勿論のこと、大は500年前の建築物の外観や街並み、内部の華麗な装飾や壁画などの厳密な再現から、小は教皇庁や上流階級で使われていた調度品、 衣装の様式や柄、果ては髪形や髪飾りに至るまで、最早執念とも言える凝りようです。

普通のマンガ制作の何倍もの時間と費用とエネルギーをかけているだけあって、作品は内容ともども芸術品並みのクォリティ。

画の美しさという点だけでも、その昔、惜しくも筆を折ってしまった内田善美(私にとっては森田童子みたいな人)と甲乙つけ難いレベルに達しています。そういう訳で、1巻あたりの値段が少々お高いのも頷けます。

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実を言うと惣領冬実に注目したのは『チェーザレ』の前作、『ES -Eternal Sabbath-』から。

それ以前の『ボーイフレンド』、『MARS』などの恋愛少女マンガ時代は、いまいち乗れなかったのですが、青年マンガにシフトした『ES』から突然作風が変わったようで、びっくりしました。

『ES』は遺伝子操作によって他人の脳に侵入し情報を読み取ったり、改竄したりできる能力を得た主人公を巡るサイキックSFマンガ。
ラストが少しあっさりし過ぎているきらいはありますが、人間性とは何かという問題を追究している他、社会性もあり、こちらもお勧めできる作品です。

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           『ES -Eternal Sabbath-』

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