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2024/10/14 Because everyone goes to Hakone.

旅である。

箱根に行くのに新百合ヶ丘からロマンスカーに乗るやつなぞほとんどいない。急行に乗ったって大して所要時間が変わらないからだ。おまけに小学生は小田急線内ならどこへ行っても50円というこのご時世、誰が特急料金700円弱を払う?

われわれだ。払った。乗った。あとは出発するだけだ。一路、箱根へ。

おのおの好きなお弁当を買って、ちょっとお菓子も買って、お酒は我慢して、新しくて赤くてつやつやのGSEでほんの1時間半の旅。私と長男、夫と次男、2列縦に並んで座席を取った。進行方向と反対に進むと酔うので向かい合わせにはならない。たまに座席の隙間からグミやらチョコやらの袋を次男と無言で交換しながら、長男はすんと「オバケのQ太郎」を読んでいる。新幹線のデッキで抱っこして縦に揺れていないと絶え間なく叫んでいたあの赤子と同一人物とは思えぬ落ち着きだ。私も読書を楽しんだ。

車内は静かで、外国人観光客が多い。今は「インバウンド客」っていうのか。通路を挟んで隣の座席にいる家族は「h」の音が強い発音。ドイツ人だろうか。高校、大学と第二外国語はドイツ語だったのに「Ich heiße〜」しか覚えてない。英語で言えば「This is a pen」くらいのレベルの会話である。ちなみに英語でもそのくらいの会話しかできない。目の前にあるものがペンかどうか、この先の人生で言及することがあるだろうか。しかも英語で。

小田原駅で長く停車する。ここで小田急小田原線が終わり、箱根登山線に入るのだ。ぼんやり窓から駅の構内を眺めていると、お隣に座っていたドイツ人(推定)のご婦人に「ここは湯本か?」と英語で尋ねられた。これぐらいは私でもわかるぞ。「いいや、ここは小田原である。箱根湯本は次の駅だよ」と中学生英語で返した。

また列車はのんびりと動く。箱根板橋、風祭、入生田とガタゴト進んで、いざ箱根湯本駅に入線せん、という中途半端な所でまた停車した。長い。なんか混んでんだろ、と特に気にしていなかったが、また隣のご婦人がそわそわとしている。確かに異国の地のイレギュラーは不安だろう。時間には正確と呼び声高い(らしい)日本においては殊更に不安かもしれない。さわさわと家族で会話を交わした後、またご婦人が私に「湯本に着いたのか?」と尋ねてくる。

「違うよ。でもすぐそこが湯本の駅だよ。きっと電車が混んでるんだね」と知っている単語を並べてパズルのように入れ替えてやっとこ伝える。なんとか伝わったのか、ご婦人はふーん、と言ってまた窓の外を見た。見てから「なんで?」と言う。

なんで? なんでだろう。なんで電車が詰まるんだろうか。

日本語でもよくわからない。なんでか混んでるんだよ。たくさん人が乗り降りするからかもしんないし、掃除に手間取ってるのかもしんないし、誰かの忘れ物を探してるのかもしんないし。わかんないよ、そんなん。考えて、また知ってる単語でそれらしいものを並べて答えた。

「Because everyone goes to Hakone.」

ご婦人が「oh...」と感じ入ったようにつぶやくと、列車が、がったん、と動き出した。良い旅にしてくれ、ご婦人よ。

本やなにかしらのコンテンツに変わって私の脳が潤います。