【映画】春にして今年ダントツだと確信した「聖地には蜘蛛が巣を張る」感想(ネタバレあり)
観たのは結構前。今年の春。観た後、あまりの衝撃に「早くも今年一番の映画か?」と思って、「しっかり書かなきゃ」と思いすぎて、感想をあたためすぎて、結局noteに書くのがこんな年末になってしまった。でも、この一年間色々な映画を観てきたけれど、「やっぱり、今年ダントツ一番の映画だった」と実感している。
映画「聖地には蜘蛛が巣を張る」(アリ・アッバシ監督)。実際にイランであった売春婦の連続殺人事件をテーマにしている。が、描き方がよい。
社会派とエンタメの高次元での融合。
テンポよく、軽重の付け方も編集の仕方も過不足なく、約2時間(118分)があっという間だった。
朝イチなのに、結構人が入っていた。そして、シネマカリテ的にはコナン並みに複数回の設定で(シネマカリテでコナンは上映していないけれど)、すごくヒットしているみたいで、ビックリ!(以下、ネタバレあり)
映画は…めちゃくちゃよかった。考えさせられた。
2000年~2001年にかけて、イランの聖地マシュハドで殺人鬼「スパイダーキラー」が16人もの娼婦を殺害した連続殺人事件(実話)がもととなっている映画。さらに、主役のジャーナリスト「ラヒミ」を演じた女優さんザーラ・アミール・エブラヒミが、もとはイランで女優をしていたけれど私的な動画流出により現在はパリに在住して活動しているというのが、もともと決まっていたイランの女優さんが辞退したせいで急遽主役を演じることになったということも相まって、作品を自然と現実味のあるものにしている。
女一人でホテルに泊まろうとすると断られる社会。警察の捜査責任者は当然のようにセクハラ&パワハラをしてくる。
連続殺人犯が捕まっても、主人公は「これからよ」と言う。え?と思ったが、その通りだった。
貧困ゆえに娼婦をしていた女性達の遺族が、貧困ゆえに、慰謝料を受け取る方を選んで、訴えを辞退し、あきらめていく。「あんな(売春するような)娘、殺されてよかった」と心ないことを言う遺族もいた。その娘の娘(孫)をみながら「慰謝料を受け取ることで、この子(孫)は娘のようなこと(売春)をしなくても生きていけるようにしたい」と言う切実さ。
犯人の息子は、最初は父親が連続殺人犯だったということにショックを受け、失望する。
が、母親(犯人の妻)が、殺害された売春婦たちを「殺されてもいいくらいのクズ女たちよ。そんな女たちを殺したからって、お前のお父さんに罪なんてない。無実よ」と言い切ったり、八百屋で買い物をしようとすると「あの英雄の息子さんなんだから、タダでいいよ。ついでに、これもおまけ」とチヤホヤされたりされて、英雄気取りになっていく。その過程もリアルで、恐ろしい。
死刑すら免れるのか?と思わせておいて、死刑の執行はなされる。
が、最も恐ろしいのは、その後だ、と思う。
娼婦たちを口汚く罵っていた、犯人の妻が、「無罪にしろ」と裁判所の前で抗議活動をする人々を見て、
「みんなすぐに忘れて日常生活に戻るわ。悲惨なのは私たちよ」
と冷静に言い放つところも、しみる。その一方、父を英雄として見ることから抜け出せていない息子は「?」という顔をしている。
最後、ジャーナリストの主人公、ラヒミのインタビューに無邪気に答える、殺人犯の息子が、より切ない。
「(娼婦を殺人する)あとをつがないか、10~20人くらいに言われたんだ」
と、誇らしげに言う。
そして、妹を娼婦に見立てて、殺し方をやってみせる。妹も娼婦役として寝ころび、
「私は遺体よ」
と、無邪気に殺されるふりをする。
妹の今後を暗示するようだ。「悲惨なのは私たちよ」と言っていた母親(殺人犯の妻)の言葉が現実となっているのを感じる。
カメラワークも、よい。映画の冒頭で、最初に殺された娼婦が、祈りの時間に足を止め、軽く祈る様子。娼婦のアップから、カメラを引いていってモスク全体を映す。一方、犯人も、祈りの時間には絨毯の上に跪いて強く祈っていた。同じ神への信仰がある人達なのに、なぜ殺さなくてはならないのか。映像が問いかけているように思えた。
街全体の夜景も、美しく、しかし、蜘蛛の巣がキラキラしているようにも見える。言葉で語らなくても映像で語る部分も大きい映画。伝えたいという切実な思いが詰まっていて、伝わるように表現されている。一度観ただけなのに、何度も思い出して考えてしまう。