読書:『世界と僕のあいだに』タナハシ・コーツ
書名:世界と僕のあいだに
著者:タナハシ・コーツ
訳者:池田年穂
出版社:慶應義塾大学出版会
発行日:2017/02
特設サイト:http://www.keio-up.co.jp/kup/gift/coates.html
タナハシ・コーツです。全米図書賞受賞、ピューリッツァー賞、全米批評家協会賞のファイナリスト、マッカーサー基金から天才助成金、2016年の「世界で最も影響力のある100人」。
日本ではまだ紹介が始まったばかりだけど、きっと近いうちに"来る"作家でしょう。
トニ・モリソン。チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ。そして、タナハシ・コーツ。です。
それはともかく、本書は、アメリカ社会における人種問題をまっこうから語った(語り続けた)作品。ジャンルとしては何になるんだろう。小説ではない。エッセイかというとちょっと違う。息子への語りかけ、という形をとった摘発の書。
アメリカは優れた民主主義社会ではないとまずコーツは言ってのける。その民主主義はあくまで、みずからを白人だと決定した者のためのもの。黒人、あるいは底辺とレッテルを貼られた者は、彼らに容易に肉体を破壊される。肉体を奪われる。奴隷制時代の話ではない。今なお、黒人(とレッテルを貼られた者)は、何の落ち度もなくとも法のもとで逮捕され、拷問され、ときとして言いがかりをつけて射殺される。一方、射殺した側の人間は咎めを受けない。
おそろしい社会だ。
そんな世界で生きるというのはどれだけの覚悟がいることだろう。
こうした根深い問題をコーツは、静かな詩的な文章で"息子"に語りかけていく。その声はあまりに落ち着いていて、諦観をも感じることがある。われわれはこういう待遇のなかで生きていくしかないんだよ。これがわれわれの世界なんだよと。
だがもちろんそうではない。その一見詩的な声の奥にあるのは、強い怒りだ。
あふれ出る激しい怒りは、あの9.11にすら及ぶ。
その後の数日間に僕が目にしたのは、滑稽なほどに飾られた国旗の列、消防士たちの誇示された男らしさ、そして凝りすぎたスローガンだった。クソ食らえだ。プリンス・ジョーンズは死んだんだ。そうとも、二倍行儀よくしろと言っておきながら、いずれにせよ僕らを撃つ奴らなど、みんなくたばっちまえばいい。
プリンス・ジョーンズを殺した警官と、あの日に死んだ警官や消防士との違いが、僕にはわからなかった。僕にとって、連中は人間じゃなかった。
アメリカを脅かした9.11。それはおそろしいものであった。
けれどもその脅威と同じ脅威を感じて毎日を生きている彼ら。彼らにとっては、9.11で亡くなった、あるいは9.11に怯えた人々は、また、"黒人"の肉体を平然と破壊する者たちでもあった。
彼らはディストピアに住んでいる。
フィクションではない。現実のディストピアがここにある。成熟した民主主義の国とされている国家だ。