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「ソウルの春」終わりの始まり【映画感想文】

※内容に深く触れた感想文です。

韓国では現代史を題材にした映画が多く作られていますが、
それでも、12.12軍事クーデターそのものを題材にした映画は「ソウルの春」が初めて、とのこと。

もっとも冒頭に注意書きがなされるように、フィクションとしての味付けは施されています。その理由は色々とあるのかもしれませんが、一番大きいのではと考えたのは、「映画として見やすく・わかりやすく・後世にまでこの歴史を伝えるために」作るという制作側の意識があったからではないかなと思いました。

それほど、物語の筋がとても明快でわかりやすい。

後に独裁者として君臨するチョン・ドゥグァンと、彼に真っ向から対立する実直なイ・テシン。
複雑な事情が入り組んでいて、実のところは「悪」と「正義」の単純な二元論で言い表せるような対立関係ではないですが、むしろそう見せようと、キャラクタも演出も力を入れられています。それがわかりやすさ、筋の追いやすさにもつながっています。

そして彼らそれぞれにつく側近たち。役職も名前も克明に覚えられなくても、なんとなしにどちら側か、どんな性根を持っているかはわかってくるので、問題はさほどありません。個性をあまり与えられなかった分、流れる話の筋の邪魔立てにならなかった、という感じでした。ただ、観る人はみんな最後には国防部長官だけは、憎々しく思うでしょう。なんだあいつ最低。

閑話休題。

そして話は「クーデターを起こす側」と「阻止する側」のせめぎ合い、わずか9時間の攻防のみにほぼ費やされています。拉致、盗聴、裏切り、挑発、発砲、突入、回れ右、投降。そして度々の二者間の丁々発止のセリフの応酬。これらがテンポよく短い時間で切り替わり、観ている方を飽きさせないのです。ごつい固定電話の受話器を握りしめてがなり立て合う攻防が繰り返され、一進一退の状況が続いて、一瞬先がどうなるかとひたすらに緊迫感を覚えていく。

それが凄いのです。
だって、クーデターの顛末、勝敗はわかっているのに。
観ている最中は、そのことを忘れて没入できてしまうのです。

そうして最後すべてをあきらめた司令官と同調するように、ひどく脱力してしまう。

弱い者は、強い者に導かれたい。
勝てば官軍、負ければ賊軍。
成功すれば革命、失敗すればクーデター。

そんな清々しいまでの正論が、非道な手段でごり押しされ、無情な結果を結んでしまいます。

ただ、今はこの出来事を「クーデター」「反乱」と呼ぶように、韓国は多くの犠牲を費やした後に、民主政権を取り戻し、今に至るまでつなぐことができています。

この「今」を、絶対に未来につなげなくてはならない。
そのために、過去に起こった「自国の失敗/屈辱」を若者に知らしめる必要がある。映画という手段なら、伝えられるはず。そういった使命でもって、映画としての娯楽性を加えつつも真摯に作られていると感じました。

「ソウルの春」は短い春の終わりを描き、地獄の始まりを示唆した作品です。けれど季節は巡り、今はきっと(北朝鮮と休戦状態のままではありますが)、春のままです。
二度と春が終わらないようにと、隣国のことながら願うばかりです。

さて。
今作ではこの希代の悪役に扮したファン・ジョンミンがすごかった。
髪型から所作、しゃべり方に至るまで、狡猾で貪欲で悪知恵の回る人間として、完璧な演じよう。ヴィランとしての魅力もかけらもなく、ただただ嫌な人間になりきっていました。だから、最後の高笑いがひたすらにおぞましい。あれだけのキャリアを持つ役者が、ここまで嫌な役に尽くせるものなのかと感嘆しました。

あまりにこの役に腹が立つから、ファン・ジョンミンがヒドイ目に遭う「人質」が韓国では同時公開されて観客の留飲を下げたって話が、ちょっと面白かったです。

ただ、このチョン・ドゥグァンが完璧に作戦を立てて巧妙に罠を張ったかというと、そこまででもないんですね。大統領に無理くりにハンコを押させようとしたり、いらだちを隠さなかったり、人間としての隙はたくさん見えた。それでもあのとき軍の大勢は彼が「勝ち組」と信じて、彼に付いた。カリスマ性というよりも、軍部の人間たちからは、こっちのほうが風が吹いていそう、のようなのらくらとした雰囲気すら漂ってもいた。

だからクーデターのときは、彼としてはまだ初心な頃だったとも思うのです。周りの支持と崇拝を経て、次第に、民衆を踏みにじるモンスターとして完成されていったのではないかな、とも思うのです。

【最後に】この事件前後の他の作品について

いくつか観たので、軽く触れていきます。
ソウルの春を観るのに必須とは思いませんが、興味を覚えたら鑑賞前後に見てみると、時代背景への理解が深まります。どれも映画としても各段に面白い。

「KCIA 南山の部長たち」
この「ソウルの春」の直前の話。側近が長年付き従ってきた大統領を殺すに至るまでを丹念に綴る。「私は君のそばにいる、好きにしたらよい」「あの頃は良かった」ただの恨み辛みではなく、静かに絶望が滲んでいく主人公の辛さが沁みていく。光の差し込ませ方が巧く画面がとても美しかった。

「タクシー運転手 約束は海を越えて」
韓国の近現代史を題材にした映画で初めて見た作品です。光州事件を初めて知り、ネットで事実を少し調べたりもしました。知らなかったことそのものにショックでした。こんな圧政も行うだろうと、「ソウルの春」を観れば納得してしまいます。

「1987,ある闘いの真実」
軍事政権の末期を描いた作品。実際の出来事に忠実に描いているのは、エンドロールからも察せられることでした。あまりに酷く辛い、過去でありつづけなければならない歴史を堂々と伝えた作品でした。

こういった自国の「嫌な歴史」を見せた映画をいくつも高いクオリティで制作し、トップクリエイターとスターが協力し、そして観客もしっかりと受け止めて支持している。凄い国だなと、思うばかりです。


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