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カウンセラーが天職だと思った瞬間に失敗する。
カウンセラーとして働いていると「どうして私はこの仕事を選んだのか」と考えるときがあります。
カウンセリングは相談に来た人の悩みを解決する「人に役立つ仕事」のように見えるかもしれませんが、実際はそれほど役に立つわけではありません。
相談者(クライエント)のこころの悩みは、すぐに解決することは少なく、解決には長い時間がかかります。そのため、カウンセラーとして働いていても、カウンセリングが役に立っているのかわからなくなるときさえあるのです。
カウンセリングは「解決しようとしても解決できない悩み」や「周りの人もどうにかしようとしたけれども解決しなかった悩み」を抱えているクライエントが来られます。そういったクライエントが悩みを解決する最終手段としてカウンセリングを選ぶことが多いです。
最近はこころの悩みやメンタルヘルスの問題があると精神科を受診される方もおられますが、精神科で治療を受けても思うような改善が認められなかったという理由でカウンセリングを申し込まれる方がおられます。つまり、それほど解決しにくい悩みを抱えている方が来られるといえます。
実際に薬物療法と並行してカウンセリングを行っても、数年もカウンセリングを続けることがあります。
こころが変わるのには時間と労力が必要ですし、カウンセリングの現場では簡単に悩みが解決するというケースに出会うことは殆どありません。
そのためカウンセリングをしながら「私は相談者の役に立っているのだろうか?」という考えが頭をよぎることは何度もあります。私は自分の仕事が「天職」であると思ったことは一度もない、というよりも思うことができないのです。
天職と思ったらカウンセリングは失敗する。
天職というのは「天によって運命づけられた自分にピッタリの職業である」というニュアンスがあります。
一方でカウンセラーは「本当にクライエントの役に立っているのか」を検証し続ける仕事といえます。そのため「私にピッタリの仕事」という自己満足や気持ちの余裕が生まれたとき、カウンセラーの仕事ができなくなる。つまり天職だと感じにくい仕事なのです。
そのうえカウンセラーが「クライエントの役に立っている」と思ってしまうと、相談者のこころに寄り添えなくなります。
どういうことかというと、クライエントは自分ではどうにも対処できない種類の悩みを抱えています。そのとき「私はあなたのお役に立ちます!」という人が現れるとどうでしょうか。
クライエントは「私の苦しみを分かっていない」と拒絶するか、もしくは「何でも解決してくれそう」とカウンセラーに依存的になる可能性があります。カウンセラーが「私が何とかします」と自己満足でカウンセリングを始めると、困難な事態を引き起こしかねません。悩みを増幅させたり、依存関係に陥ったり、クライエントが傷つくこともあるでしょう。
簡単にこころの悩みは解決しないという現実を知っていると、クライエントに対して「私が何とかする」という自己欺瞞を私はできないのです。
カウンセリング中にカウンセラーが思っていること
カウンセリングをしているとき、カウンセラーは自分の気持ちや言葉かけが、クライエントのこころにどのような影響を与えるかを確かめています。
クライエントの些細な表情の変化や口調の強弱、感情の動きなどを絶え間なくモニタリングしながら、悩みの解決に至る手立てを考えます。
クライエントはカウンセリングで苦しい悩み事を話します。孤独やかなしみ、恨みや怒りなどのマイナスの気持ちも多く語ります。
カウンセラーはマイナスの思いであっても理解し、クライエントのこころに寄り添おうとします。
クライエントが「もう全部が嫌になった」という死を暗示する言葉を話したとしても同じです。「命は大切に」というのは簡単ですが「投げ出したいほどの気持ちに寄り添う」のは難しい。しかしクライエントは「投げ出したいほどの苦しみに寄り添ってくれる人」を必要としてカウンセリングに来ます。「ほかの誰にもわかってもらえなかった思い」に寄り添おうとするのがカウンセラーの仕事です。
悩みに寄り添ってもらった経験を支えにして、クライエントのこころは少しずつ成長します。こころの成長はとてもゆっくりなので、カウンセラーは慎重に様子を見守ります。
こころの成長は一進一退どころか、一進もせずに十退することもあります。退き続けた先にようやく一歩が始まることもあります。
クライエントが時間をかけて慎重に一歩ずつ成長の過程を進んでいるとき、カウンセラーが自分の仕事を天職だと考えている隙はありません。
クライエントのこころが今どこに向かっているのか、自分のかかわりは成長のプロセスを阻害していないかと注意を払い続ける必要があり、油断はできないのです。
カウンセラーの仕事を続けられるということ
以上のようなカウンセラーの仕事を聞くと「私にはできない」と思う人もいるかもしれません。たしかにカウンセリングの効果が出るためには辛抱強く、こころの力を信じて変化を待ちつづけなければなりません。
私自身、なぜカウンセラーという仕事を続けられているのかわかりません。しかし続けられる人が少ないのであれば、逆説的ですが私に合っている仕事かもしれないとは思います。
第三者から見れば「それがあなたの天職だよ」と仰っていただける可能性があります。しかし私は天職という自覚もなく、この仕事が合っているかとこれからも自分自身に問い続けるでしょう。
ただしカウンセリングの仕事が好きかと聞かれたら、間違いなく好きだと答えます。これほど熱心に取り組める仕事はありません。とくにクライエントのこころが成長した瞬間に立ち会えたとき、感謝したいほどの気持ちになります。
クライエントが「最近、ようやくわかったのですが」と自分の気づきを話して下さるとき、私は畏敬の念に打たれます。私の予想をはるかに超えた、人間のこころの働きに触れることができる。それは私のやりがいの一つです。
ただし変化が起きたようにみえるときでも気は抜きません。次の瞬間には「わかったことは良いのかもしれないけれども、余計にこころの闇が深くなった」ということもあります。それがカウンセリングの難しさであり、奥深さです。
こころの働きを見守り続ける大変な仕事ではありますが、こころの創造力に触れられる経験ができます。こころは個性にあふれるので、いつも新しい発見があります。人間について学び続けられる仕事。それが私がカウンセリングの仕事を続けられる大きな理由かもしれません。