『パンダのうんこはいい匂い』感想文
じんわりと、でもぐわんぐわんと打ちのめされた。
めちゃくちゃ面白い。
巧みすぎない巧みな文と構成。
豊富な面白特殊体験。
ふにゃふにゃしながらも芯のある思想。
可愛げがあって応援したくなる人間性。
何これ、完璧では?
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素直でクセのない文体は読みやすくて、そこはかとなく幸福感が漂っている。現実を知りつつも、世界へのほわんとした肯定感。
その空気が吸いたくて、どんどん読み進めてしまう。
作者が興味を持った世界(パンダ、マーシャル諸島、忍者修行、縄文土器など多岐にわたる)に次々と吸い寄せられていく。今まで知らなかった面白いものがこんなにもある。
作者の行動が不安定なのも魅力的だ。
行動力はすごいけれど、いつでもぐいぐい前に出るタイプではない。
ちょっと及び腰になる時もある。真面目な時もサボる時もあって人間味がある。
どう動くのか予測できないので話の先が読めず、面白い。
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祖父のお葬式の話が一番好きだ。
「死って嫌」と飾らぬ素直すぎる感情から、ぐんと深い心理描写。
親族が集まり、祖父のお酒をこの機に飲もうとしたら賞味期限が49年切れていた。祖母が語る祖父との馴れ初めに「勝手なこと言って、お父さんも言いたいことあるんちゃう。生き返ってまうで」とツッコミが入る。
通夜の晩の宴会で、芯の強い愉快なおばさんが、ひとりずつ標的を定め笑わせていく。みんな笑わされる。最後におばさんは亡くなった祖父を笑わせようとする。
この引用の最後の一行に泣かされた。
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雑多な興味や体験の核となるのは「異文化」への関わり方。
四川出身の夫と義理の両親との生活、海外旅行での体験、障害、転校、様々なバイト、引越し、死後。
至る所に異文化はあって、それに敏感に気づき、身をもってその境を味わっている。そして自分の一部にしてしまう。
自我に固執しないおおらかさがそれを可能にしているのだろう。
特に印象に残ったのは、海外に行く際に現地語を覚える話。
最初は「こんにちは」だけ覚えたそう。
「世界に触る」ってなんともダイナミックな表現!
そんな気概を持って旅に出たことあったっけ、と我が身を振り返った。かっこいいなぁ。
その後、別の旅行では「ウケたい」と欲がでたのだそう。
そこで簡単な挨拶以外に、「眠い」と「お腹すいた」を覚えていったら、しっかりウケたらしい。
この言葉選びのセンスのよさ!
眠いもお腹すいたも万国共通。シンプルで親近感の持てる感情だ。可愛げすらある。
そして次の機会では「歌を教えて」という文を覚えたそう。
そう聞けば、歌ってもらえる。
普通の質問では相手の返答が聞き取れず受けとめられないが、歌なら一緒に歌える。時間を一緒に共有できる。
人と繋がりたい、異文化に、世界に触れたい、という純粋な想いが、「歌を教えて」に込められている。
海外の旅先で行き交う人々を、私は人として見ていただろうか。本気で関わろうとしていただろうか。「トイレはどこですか?」を多用した覚えしかなくて泣けてくる。
*
同年代ながら、人間としての深みや懐の広さの違いを感じさせられた。じんわり打ちのめされる。
でも遠すぎない、絶妙な距離でこちらにほほえんでくれている。上ではない、同じ地平から。
少し眩しすぎるのだけど、これからもずっと彼女の文を追っていきたい。
この先きっと彼女はより深く広く、新しい世界を繋げてくれる。
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尾籠な余談ですが、本の購入時に恥をかきました。
お気に入りの本屋さんに出向いて注文したのだけど、題名を言い間違えた。
「『パンダのうんちはいい匂い』って本をお願いします。
え? ないですか?パンダのうんち。
あ、『パンダのうんちはいい香り』だったかも?
藤岡みなみさんという方の本で…」
姜尚中似の渋くて穏やかな店長さんの前で、何度もうんちを連発してしまった。店長さんは落ち着いて調べてくださり、
「ありましたよ、『パンダのうんこはいい匂い』ですね」
と、しっとりとした口調で訂正してくださった。
それで終わればいいのに
「そっか! そうですそうです、うんちじゃなくてうんこでした! うんこの方でした!」
と大声で言ってしまい、思い返すとゔああああああああああとなります。
老若男女、どなたにもおすすめしたい素敵な本ですが、題名にだけは気をつけてください。
うんちじゃなくて、うんこです!
携帯で本の情報を表示しておき、それを見せるのがきっとスマートかと思います。老婆心ながら。
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