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ナノ原形質ユニット:究極の生命単位③AIH概要:ナノ原形質の構造
続編
論文リンク⇩
Ling, G. (2007). Nano-protoplasm: The ultimate unit of life. Physiological Chemistry and Physics and Medical NMR, 39(2), 111–234. https://gilbertling.org/pdf/PCP39-2_ling.pdf
2. 会合誘導仮説
会合誘導仮説という統一的理論は、50年以上前に「リンの固定電荷 仮説」の名でその胎動が始まった。13年後の1965年に細胞水の分極配向多層理論 (POM)が追加されて完成する。だがこの理論の核心部分は1962年出版の「生命状態の物理理論:会合誘導仮説 」[1] で提示されている。
[1]Ling, G. (1962). A Physical Theory of the Living State: The Association-Induction Hypothesis (G. Paul R, Ed.). Blaisdell Publishing Co.
統計力学は生理学の博士号や修士号には必要ないが、(初歩的な)統計力学はAIHに不可欠である。この為、1962年出版の拙著の第一章は(会合/解離現象における)統計力学に割いている。また、この章の末尾には統計力学の教科書的な3冊の本を推薦している。ガウニー (1949)[2]、ラッシュブルック (1949)[3]、最後にフォウラー &グッゲンハイム (1939)[4]である。 物理学のこの領域の訓練を受けた経験のない生物学者には、R.ガウニーの『統計力学入門』が昔も今も強く推奨される。
[2]Gurney, R. W. (1949). Introduction To Statistical Mechanics.
[3]Rushbrooke G. S. (1949). Introduction To Statistical Mechanics.
[4]Fowler R. H., & Guggenheim E. A. (1939). Statistical thermodynamics : Version of statistical mechanics for students of physics and chemistry. University press;
2.1. ナノ原形質(NP):全ての生物質の基本単位
デュジャルダンが自身のサルコードをこう記している[5]。
「ゲル状の透明物質であり、血球塊に収縮する水に不溶性、解剖針に吸い付いて粘液の如く引き抜くことが可能で、何より全ての下等動物における他の構造成分に発見される。 」
この記述は全て、原生生物の大部分を構築する物質の巨視的性質に関するものである。彼もモウルもシュルツェもハクスリーも、これ以上の説明はできなかった。だが、このように特徴化される物質が生命の物理的基盤だと主張するには問題がある。例えば、細胞核はサルコードや原形質と説明されるものには似ていない。細胞核が原形質でなければ、生命の物理的基盤の一部でもないのだろうか?ではそれは何か?このような一見解決不可能な問題もAIHでは容易に解決される。
2.1.1. 二種類の原形質:①巨視的 原形質②微視的 原形質
AIHでは、原形質には二種類ある。巨視的原形質と微視的原形質である。巨視的原形質には、シュルツェ、ハクスリーが原形質と呼んだものが含まれる。更に、細胞核や細胞膜、その他シュルツェやハクスリーが原形質と認識しなかった(知らなかった)様々な細胞学的構造物の構成成分も含まれる。
AIHでは、細胞が更に高い次元での生命の物理的基盤であるのと同様、巨視的原形質もまた高次元での物理的基盤であることに変わりない。全ての巨視的原形質や全ての生細胞が類似するわけではなく、それは男女が似ていなくともどちらも人間であることと同じ理由である。外見は人間の特徴の一部に過ぎない為である。男女に共通の特徴はもっと深い所にある。全ての巨視的原形質もまた、全ての生細胞同様、より深く、より基本的な次元で共通点がある。
AIHでは、そのより深い、より基本的次元の"何か"は微視的原形質に埋め込まれている。過去に、私は微視的原形質を「生物学的固定電荷システム 」[6]「基礎的有機的機械 」[7]と呼んできた。今は新たな命名をしている。この新名は「ナノ原形質 」、短縮してNPである。
[6]Ling, 1962; p. 53
[7]Ling, G.N. (2001). Life at the Cell and Below-Cell Level -The Hidden History of a Fundamental revolution in Biology. Pacific Press.
2.1.2 典型的ナノ原形質ユニット
私がナノ原形質と呼ぶものの典型例を紹介する為、図1に示した二つの細胞のような、哺乳類の成熟赤血球から始める。まず、哺乳類の成熟赤血球に核はない。この欠落により私の紹介プレゼンテーションが簡素化した。各々の赤血球は、シュルツェの言葉で言うもはや有核原形質の塊ではなく、 原形質の塊なのである。だが成熟赤血球の持つ魅力的なシンプルさは核の不在に止まらない。
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[8]Edelmann, L. (2002). Freeze-dried and resin-embedded biological material is well suited for ultrastructure research. Journal of Microscopy, 207(Pt 1), 5–26.; Fig.7B; https://doi.org/10.1046/j.1365-2818.2002.01033.x
各赤血球重量の最大65%は水分である。残り35%の乾燥物質の内、97%は単一のタンパク質:ヘモグロビンで構成されている。それも異次元のシンプルさだ。
赤血球の構成成分の残り1%に数えられるのは、新鮮な細胞1kg当たり約100mmolのカリウムイオン(K⁺)と、更に微量となるアデノシン三リン酸(ATP)や2,3ジホスホグリセリン酸(2,3-DPG)などのエネルギー代謝による有機酸物である[9]。
[9]Ponder, E. (1948). Hemolysis and Related Phenomena. Grune & Stratton.; p. 119
第三のシンプルな特徴は、成熟赤血球内部に可視的な構造物が欠けている点である。電子顕微鏡でも、細胞内部全体が図1で示した通りに一見して均質である。
そして、第四のシンプルな特徴がある。その安定性である[10]。哺乳類の成熟赤血球は、ヘモグロビンを放出することなく、機械的に微細な断片へと分裂することが可能である。
[10]Best, C. H., & Taylor, N. B. (1979). Physiological basis of medical practice; a University of Toronto text in applied physiology (3rd ed.). Baltimore : Williams & Wilkins Co.
こうした赤血球の魅力的な特性を利用し、想像上のナイフを利用して赤血球を小さく切り刻むと、最終的にヘモグロビン1分子が残る。更に、個々の断片には7000の水分子、20分子のK⁺、ATPか2,3-DPGが1分子も含まれており、その全ては直接的或いは間接的に単一ヘモグロビン分子と結合している。共に、これらは赤血球細胞質のナノ原形質ユニットを構成している。飛び交う鵞鳥の群れや、戦時中の軍の連隊のように、ダイナミック な構造をしている。個々の要素が行き来するが、その全体的な組成を表す式:(Hb)₁ (H₂O)₇₀₀₀ (K⁺)₂₀ (ATP)₁ は大体一定である。次章では、全てのナノ原形質のより一般的な式を示す。
さて、各々の哺乳類成熟赤血球の重量の34%はヘモグロビンである。つまり、赤血球1Lあたりにはこのタンパク質が340g存在する。340をその分子量68,000ダールトンで割ると、1Lの赤血球中のヘモグロビン濃度は5mMである。ナノ原形質(NP)の各ユニットにはヘモグロビン1分子がある以上、赤血球1LあたりのNPユニット濃度もまた5mMである。ナノ原形質の各ユニットは球形と仮定すれば、その直径は8.6nmとなる。これはナノ原形質が生命の最小単位と呼ぶことを肯定している。
上述の私の処女作(1962)から転載の図2は、他通常の生細胞がその化学組成の広範な分類において赤血球に類似することを示している。水が不変的に最も豊富であり、次にタンパク質で、イオンや微小分子("灰成分 で一括" は最も少ない(注:図2の棒グラフでは灰成分の列は10倍されている)
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左の薄い灰色の縦棒:タンパク質
真中の白の縦棒:水
右の黒の縦棒:灰成分(%×10)
ウイルス/バクテリア/真菌/高等植物のデータは[11]
人間のデータは[12]
[11]William S. Spector. (1956). Handbook of Biological Data. Saunders.
[12]Mitchell, H. H., Hamilton, T. S., Steggerda, F. R., & Bean, H. W. (1945). The chemical composition of the adult human body and its bearing on the biochemistry of growth. Journal of Biological Chemistry, 158(3), 625–637. https://doi.org/10.1016/S0021-9258(19)51339-4
図3も1962年の拙著からだが、生物質を構成するタンパク質の類似性を示している。即ち、生理学的に活性タンパク質(シルクフィブロインやエラスチンを例とする支持タンパク質とは対照)には2種類の三重機能性アミノ酸残基 が高濃度に含まれている。
(i)アスパラギン酸とグルタミン酸残基
:タンパク質分子に組み込まれると、それぞれβカルボキシル基とγカルボキシル基の形でタンパク質に負の(固定)電荷や固定アニオンを与える
(ii)リシンとアルギニン(+ヒスチジン)残基
:タンパク質分子に組み込まれると、それぞれεアミノ基やグアニジル基の形で正の(固定)電荷や固定カチオンを与える。
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固定アニオンと固定カチオンの含有量について、生理学的活性ヘモグロビンも例外ではない。そのアミノ酸残基の11%は固定アニオンを、ほぼ同じ割合(10%)が固定カチオンを持つ[13]。
[13]Dayhoff, M. B. O. (1972). Atlas of Protein Sequence and Structure (Vol. 5.). National Biomedical Research Foundation. ;p. D-61, D-72.)
先述の通り、各NP単位には、前述の赤血球細胞質原形質のように、その特定の原形質に特徴的な単一のタンパク質分子を含む。より複雑な原形質には、各NP単位には2つ以上の種と数のタンパク質分子がある。その場合、赤血球NP単位で(Hb)₁と式に示したタンパク質部分は($${A_lB_mC_n ....Z_1}$$)に置換され、各々のA,B,C...Zのシンボルは別々のタンパク質成分を指し、下付きのl, m, n… は正の整数となるが、例外として最後のタンパク質成分Zの添え字は常に1 となる。水、K⁺などの他の部分の添え字を、式で与えられたものから適切に変更することももちろん含まれる。すると、全てのナノ原形質に対する一般式は次のようになる:
$${ナノ原形質 = (A_lB_mC_n.... Z_1) (H_2O)_{a×1000} (K^+)_{b×10} (ATP)_c}$$ …①
a, b, c 並びにl, m, n は全て正数である。
2.1.3. 全てのナノ原形質の共通点/相違点
全てのタンパク質には長いポリペプチド鎖があり、これは有機的機械が生み出す特徴の一つである。完全に伸長すると長距離をカバーできる。上述の通り、原形質タンパク質には原則、β-/γ-カルボキシル基の形で固定アニオンを輸送するかなりの割合のアミノ酸残基がある。また、ε-アミノ基やグアニジル基の形で固定カチオンも輸送する。後に明かされるように、固定したβ-/γ-カルボキシル基は特に重要な理由が最低2つある。第一に、これらは短い側鎖上にあり、従って情報とエネルギー伝達の高速道路として機能するポリペプチド鎖に近接している。第二に、β-/γ-カルボキシル基は、骨格のNHCO基を除く、他のどの官能基よりも遥かに数が多い。この全てに大量の水とK⁺(とNa⁺)とATPを加えると、典型的なナノ原形質の化学組成ができる。
纏めると、全てのナノ原形質に共通する基本的な特性は以下の通りである。
1)長く部分的に共鳴するポリペプチド鎖
2)2種類の近接官能基
:β-/γ-カルボキシル基と骨格のNHCO基、その近接する代替パートナーことK⁺、Na⁺または(β-/γ-カルボキシル基への)固定カチオン、ポリペプチド鎖の上下に位置する第三アミノ酸残基に属するCONH基または(骨格NHCO基の)大量の水分子
3)偏在性の主要吸着部位 、副次的吸着部位 、仮主要吸着部位 と、それぞれに最適な主要吸着剤
全てのナノ原形質の動的構造は図5の図解の通り、式①の一般式で綴られる化学的実体の共有集合体 と、これら基本成分間で共有される空間的・エネルギー的関係性で構築されている。しかし、図5の画像ではわからない根本的な基本詳細については、後の章で紹介する。 その前に、ナノ原形質の多様性の原因について調べておく必要がある。
ナノ原形質の区別は、その殆どがタンパク質成分のアミノ酸残基の種類と配列順序に由来する。またタンパク質上の様々な付着物にも由来する(例:ヘム鉄は赤血球ナノ原形質を赤く、クロロフィルは葉緑体を緑色にする)。もう一つ多様性の源泉に、ナノ原形質ユニットが細胞内に占める位置の相違がある。更に別の源泉に、これら構成成分が空間やエネルギー的に互いに関連する方法にある。 実際、調理済みのロブスターとロブスターを食べる生ける人間の相違点とは~スコットランドの哲学者ジェームス・スターリングが、トマス・ハクスリーの『生命の物理的基盤』への(歴史的)批判的論考で指摘する通り~ 以降の章で言及する生と死の問題である。この過程で、先立って約束した「生命の新たな定義」を述べることにしよう。
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