「新聞で研ぐ包丁のしなやかさ」 俳句と暮らす vol.05
「包丁始」。
聞き慣れない言葉かもしれません。
これは「ほうちょうはじめ」と読む、俳句の季語のひとつです。
「包丁始」は、年が明けた正月、包丁やまな板を使った台所仕事を、今年最初にすること。
料理のような毎日のタスクも、“今年初めて”という意味の「始」が付くことで、ほのかな特別感とめでたさ、これから始まる一年への期待感が漂います。
きょう訪れるのは、岐阜県関市。
清流・長良川が流れる美しい水系、山あいに広がる豊かな自然。
良質な焼刃土や豊富な松炭に恵まれたこの土地は、多くの刀工が集まる刃物の名産地として発展し、現在も全国に名高い「刃物のまち」として知られています。
いま私が愛用している包丁「和 NAGOMI」を作っている職人さんの製造現場を見せていただけるとのことで、明治6年創業の老舗「三星刃物」さんを訪ねました。
創業140年の老舗がつくる「和 NAGOMI」
「三星刃物」さんが手がけるオリジナル包丁ブランド「和 NAGOMI」。
どんなキッチンにも似合いそうな、シックでスタイリッシュなデザインです。
目を引くのは、木と金属の異素材の組み合わせが美しい、木製の持ち手。
中央を走る一本のステンレスが、木目の有機的な表情を引き立て、刃を含めた全体のデザインを引き締めてくれます。
手に持つと、異素材の組み合わせとは思えないような不思議な一体感。手にフィットする、気持ちの良いグリップ感にも驚きます。
食事の時間が「和む」包丁を
「和 NAGOMI」の包丁を愛用してまだ日が浅い私ですが、ついこればかり手に取ってしまい、古株の包丁たちの登場回数がすっかり減ってしまったほど。
「和 NAGOMI」が、どんな包丁かをひとことで表すなら。
そうだなあ…
“やさしさの包丁” だなあ、と思います。
まずはやっぱり、抜群の切れ味の良さ。
しっかり熟したトマトでも潰すことなく、美しく薄くスライスできます。
力を入れなくても、刃がすっと食材へ入っていくその瞬間は、食材を切り分けているという感覚よりも、刃が食材に吸い込まれていくような、やさしい使い心地。
美しい断面で、舌触りが良く美味しく感じるのも、包丁のおかげだと思います。
持ち手にも、たくさんのやさしさが詰まっています。
重すぎず、かといって軽すぎて扱いづらくもない、絶妙な重量感。
小さな手にもフィットする、やさしい丸みを帯びたかたちで、グリップ感も抜群なので長時間調理をしていても疲れを感じません。
そしてやっぱり、一番のやさしさは、お手入れの手軽さです。
月に1〜2回、新聞紙で軽く研ぐだけで切れ味が戻るという、今までに聞いたことのないお手入れ方法。
包丁を研ぐのに慣れていないズボラな私にもできてしまう手軽さが、ついこの包丁を手に取ってしまう理由、日に日に愛着が湧いていく理由なのかもしれません。
包丁の理想を叶える、しなやかさ
鋭い切れ味が長く続いて、お手入れもしやすい。
そのうえサビにくく、刃こぼれもしにくい。
「和 NAGOMI」は、包丁の理想が詰まった一本だと思います。
その秘密は、選び抜いた材質と、手間を惜しまない丁寧な職人技にありました。
「和 NAGOMI」の包丁に使っている材は、サビに強くて粘りのあるステンレス「440Aモリブデン鋼」。
近年の包丁の主流の、鋭い切れ味重視の硬めの鋼より硬度は低めですが、しなやかさが自慢のステンレスです。
最近流行りの硬い鋼は、もちろん鋭い切れ味に仕上げることはできますが、素材が硬ければ硬いほど、刃を研ぐ(=切れ味を戻す)ことの難易度は高くなります。
「和 NAGOMI」が目指したのは、「よく切れるのに、お手入れがしやすい包丁」。
「440Aモリブデン鋼」のしなやかさを生かしつつ、巧みな焼入れと、鋭角に仕上げる高度な刃付け技術によって、抜群の切れ味を実現しました。
何万円もする最高級包丁で用いられるような工程、手間のかかる4段階の刃付けをすることで、両立しそうでしなかった「切れ味の鋭さ」と「お手入れしやすいしなやかさ」の両方を手に入れたのです。
包丁づくりを極めた職人が、何年もかけて試行錯誤を繰り返し、ひとつの「答え」を見つけた瞬間でした。
「いいものには、手間を惜しまない」という、刀鍛冶の職人魂を受け継いで。
その4段階もある刃付けの工程をはじめ、工程数はかなり多くなりますが、熟練の職人が一つひとつ丁寧な手仕事で、その出来栄えを目で確認しながら進めていきます。
手間と時間を惜しまず、目の前の一本に真剣に、じっくりと向き合っている職人さんの姿が印象的でした。
もう一度生まれ変わる「研ぎ直し券」
ステンレスのラインと木目の組み合わせがかっこいい、光沢のある持ち手のデザインや、手が疲れにくいグリップ感の良さ、ホームパーティーの名脇役「立つチーズナイフ」の話、パン屑が出ないパン切りナイフの秘密…など、まだまだ語りたいことはたくさんありますが、この文章が3倍にも5倍にも膨れ上がってしまいそうなのでそこはぐっと我慢して、もうひとつだけ、私が感動した話を聞いてください。
「和 NAGOMI」の包丁を購入すると、無料研ぎ直し券が一枚、ついてきます。
新聞紙で軽く研ぐだけで日常のお手入れができる包丁ですが、長く愛用していると少しずつ劣化していくのが道具の宿命。
そんな、たっぷり使い込んだ包丁でも、無料の研ぎ直し券を使ってもう一度研ぎ直してもらうことができるんです。
使い手想いの、とっても嬉しいサービスです。
ただ刃先を研ぐだけではなく、もう一度刃全体をごく薄く削り直してまっさらな状態にしてくれる、まさに職人さんにしかできない本格的な研ぎ直しです。
12月に研ぎ直しに出して、新年の「包丁始」に備える、というのもいいですね。
刃と一緒に、持ち手の部分も磨き直してもらえます。
小さな傷や汚れも一掃。つるんと卵肌の、光沢のある持ち手に戻り、見違えた姿で手元に帰ってくるんです。
永く愛用してきた愛着のある一本のはずなのに、まるで新品の包丁を手にしたような、なんだか不思議で、まっさらな気持ち。
研ぎ直しと言うより「生まれ変わり」という言葉の方がぴったりかもしれません。
五代目社長と奥様、二人の想い
刀鍛冶の曾祖父から数えて五代目となる社長、渡邉隆久さんと、パン教室を開くほど料理好きな奥様の友佳理さん。
「和 NAGOMI」は、夫婦二人で力を合わせて開発したという、理想の包丁です。
「美味しい料理のためには、切れ味の良い包丁が必要」
「家でも簡単にお手入れできる包丁がほしい」
「一生、ずっとつき合える相棒のような包丁を」
刃物を知り尽くした夫と、料理をこよなく愛する妻の二人三脚に加えて、難しい要望にも技術力で応えたたくさんの職人たちの努力により、理想の包丁が誕生しました。
キッチンは、人と人をつなぎ、暮らしを彩る大切なコミュニケーションの場。
そのコミュニケーションの中心に、トン、トンと料理をする心地よい包丁の音が響きます。
家族みんなが使い、集うキッチン
今回の「俳句と暮らす」の季語は「包丁始」。
その名の通り、新年になって初めて、包丁やまな板を使うことです。
年の暮れに研ぎ直しておいた包丁を初めて使ったり、準備しておいた新品の包丁やまな板を、新年から使うという人も多いでしょう。
年末に準備するお節料理は「三が日の間、炊事を避けるために」つくります。
お節料理を食べながら、誰も働くことなくのんびりくつろいで過ごす…というのが理想ですが、実際はお雑煮の支度をしたり、年賀客の接待をしたりと、誰かが台所仕事をしなければいけないのが現実。
新年、きれいなキッチンで、新たな気持ちで台所仕事を始める。
「包丁始」や「俎始(まないたはじめ)」は、そんな新年らしい風景と、めでたい中に少し現実味のある絶妙な気持ちを切り取ってくれる季語じゃないかなあと、思っています。
この「包丁始」は、長い間「春着姿で台所に立つ“女性”」を象徴する季語として、多くの俳句に詠まれてきました。
もちろん、そんな女性のしとやかな後ろ姿に風情を感じるのはとてもわかります。
でもこれからの時代、男女関係なく、必要なときに、必要だと感じた人がキッチンに立っている、それでいいと私は思うんです。
その光景を当たり前だと思える価値観ごと、次代に残していきたい。
季語が持つ本意や伝統を大切にしながらも、時代に合わせたアップデートもしていきたい。
そんな風に思いながら、いつも俳句をつくっています。
包丁を研ぐのも、包丁を使うのも、料理を作るのも、食べるのも。
得意な人が動けばいいし、みんなで一緒にやったっていい。
「嫁が動かないと」とか、「家主にやってもらうなんて申し訳ない」なんて、思わなくていい。
みんなで作って、みんなで食べれば、家族みんなが平等に美味しい時間を過ごせると思います。
二人三脚で理想の包丁をつくり上げた渡邉夫妻の、互いを尊敬し合うやさしい眼差しを見ながら、そんなことを思った年の暮れでした。
2022年、みなさんのお宅の「包丁始」はどんなシチュエーションでしょうか。
「初夢」や「初笑い」のように、ちょっとだけ意識してみると、いつもの風景がほんの少しだけ特別に見えてくるかもしれません。
暮らしの一句
今日もパジャマで庖丁始の夫 麻衣子