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最強のほうれんそう〜駆け引き不要説〜


大切な人と望みの対立が起こった。
意思決定の主体は相手にあり、最終決定権ももちろん相手にあった。


それでも私に相談してきてくれた次第。
とても嬉しかったがすっかり困ってしまった。
なぜなら相手の望みと私の望みは違うベクトルを向いている。
そして相手の中で答えは決まっている状況だったからだ。



”人が相談をする時、答えはすでにでている”

とは聞いたことがあるが本当だと改めて感じた。

意思決定は自分でするもの。
私の中にはこの考えがすっかり染み付いていた。

たしかに今でもそう思う。
けれど今回のことで私が学んだことは、

”答えの出ていることでも相談する価値がある。”

ということ。

同時に、社会人の基本とされる”ほうれんそう”が頭によぎった。

ほうれんそうとは報告、連絡、相談のことだ。

これらは人間関係を築く上で大きな支えとなると感じた。
同時にこれまでの人生が思い出され、
「報告、連絡、相談」はセットで行えていない愚直さに気づく。


今回のことで言えば、
相手の”報告、連絡、相談”があったからこそ対立出来たのだと気づく。
対立できることは幸せなことなのだと。
心からそう思う。


それなのに私は、
「結論が変わらないなら相談してこなくて良い」
だなんて言ってしまう。

そうではなくて
「わざわざ相談してくれてありがとう」

さらっとそう言える人間になりたい。



意思決定をするのは本人。
だけどその意思決定をすることで、来たる未来に関わる他者がいるということ。
近しければ近いほど大きな影響を受けるのかもしれない。


今回のことで
私はどこまでも”ひとりである”と思ってはいたものの、
多かれ少なかれ人とのつながりの中で生きているのだと感じた。
そしてそんなつながりの中にいることへの感謝が溢れた。


信頼関係の手段として最強のほうれんそう。
もうすぐ22才。駆け引きは卒業しよう。


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