杉村麦太『キリエ 吸血聖女』 西部を行く吸血少女ガンマンを待っていたもの

 それほど数が多くない和製伝奇ウェスタンの中でも、本作はかなりエッジの効いた作品ではないかと思います。狂血病なる伝染病により、吸血鬼化した人々が存在するアメリカ西部を舞台に、吸血鬼と人間の混血の少女・キリエが死闘を繰り広げるガンアクションであります。

 1870年――アメリカでは感染者が吸血衝動に駆られ、やがて理性を失う狂血病が流行、吸血鬼と化した者は周囲から迫害の対象となり、対吸血鬼機関・防疫修道会により処刑される運命にありました。
 そんな中、西部の街に現れた、黒衣の少女・キリエは、各地で吸血鬼を巡る争いに巻き込まれ、パラソルに仕込んだライフルをはじめとする銃さばきで、無法者や防疫修道会と死闘を繰り広げることとなります。

 実は彼女は吸血鬼の父と人間の母の間に生まれた混血であり、自らも吸血衝動に駆られる身にありました。そしてその呪われた血から解放されるため、自身の父――狂血病の源であり、ヨーロッパからやって来た吸血鬼の王・黒衣の者を追うキリエ。しかし防疫修道会もまた、黒衣の者を捕えるべく、吸血鬼退治のエキスパート・ソリア七会士を各地に放っていたのです。

 旅の途中で知り合った腕利きの女ガンスミス、ラーラマリアと共に、七会士と戦いを繰り広げるキリエ。しかし事態は意外な方向に……

 あらすじからもわかるように、本作は血みどろのガンファイトが作中で次々と展開される作品です。

 元々がマカロニウェスタン調であるところに吸血鬼が投入されたことにより、人間は吸血鬼(の疑いがある者)をリンチにかけ、吸血鬼は人間を喰らい――と、本作の舞台は殺伐にもほどがある世界。
 その両者の間に立つキリエは、両者の融和、というより吸血鬼に一片の理性を期待して戦うものの、奮闘空しく彼女が守ろうとした者は、あるいは殺され、あるいは血の衝動に負け――と、血も涙もない、いや血と涙だらけのドラマが展開します。

 そして女性が主人公のバイオレンスものには定番というべきか、キリエも毎回壮絶な暴力に晒されるわけですが、半吸血鬼であるゆえに、撃たれるわ刺されるわ斬られるわともう大変。
 キリエ自身も結構容赦なく吸血衝動に駆られるので、なおさら救いのなさが漂うのですが――しかし、本人には狂血病の唯一の特効薬である黒衣の者の血を手に入れるという強固な目的意識があるために、不思議な前向きさを感じさせるところでもあります。

 さらにいえば本作は、主人公の味方として戦うキャラクターは、(中盤に登場する例外一人を除いて)ほとんどが女性というのも、男性的な暴力の象徴となることも多い吸血鬼との戦いを描く作品だけに、印象に残るところです。

 そして本作は終盤、黒衣の者を手中に収めた防疫修道会が、その体を用いて実験を行おうとして(定番通り)失敗。黒衣の者によって吸血鬼の猖獗する地に変えられた修道会の本拠地・ソリアで、最後の戦いが繰り広げられることになります。

 壊滅寸前の修道会、そして密かに戦いを監視してきたアメリカ軍と手を組み、彼女を待ち受つ黒衣の者との最後の戦いに挑むキリエ。そして戦いの中で露わになる、仮面の下に隠されていた黒衣の者の素顔は――茨の冠を思わせる飾りを頭にいただいた髭の男!
 そしてラストに黒衣の者が語る、狂血病の存在理由も、その素顔にふさわしい(?)、神の存在をうかがわせるもので、最後の最後でとんでもない爆弾を放り込んできた、と愕然とさせられました。

 

 正直なところ、(これはもちろん好きずきですが)内容の割にはデフォルメの効いた絵柄であったり、面白武器が多すぎて、西部劇としては逆に雰囲気を損ねているきらいがあります。さらにアクションシーンが凝っているようであまり盛り上がらなかったりと、今ひとつに感じられる点は少なくありません。

 また、全二巻という短さや、それに伴う結末の物足りなさもあるのですが――しかしこのほぼ唯一無二の世界観と、クライマックスに炸裂した吸血鬼ものとしての独自性のおかげで、どこか満ち足りた気分にさせられる作品なのです。


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