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戦国でも食事がうまいと思えるシチュエーションは? 重野なおき『雑兵めし物語』第3巻

 前の巻同様、重野なおきの歴史四コマ三冊同時発売の一つとなった『雑兵めし物語』第三巻では、作兵衛が次々と戦いに巻き込まれることになります。食い扶持を稼ぐためだけでなく、自分たちの生活を守るため――生きてうまい飯を食べるため、作兵衛の奮闘は続きます。

 戦国時代真っ只中の天文年間、長野の松本平の村で暮らす作兵衛は、合戦のたびに弟分の豆助とともに出かけていく雑兵。ある戦いで、武田家によって家族を失った武家の姫・つるを拾った彼は、彼女を使用人の名目で住まわせることになります。
 料理好きの作兵衛と食いしん坊のつる、おかしな二人の共同生活は、戦国の荒波の中でしたたかに続いて……

 かくして、二人分の食い扶持を稼ぐために様々なところに出かけていく作兵衛ですが、この巻の冒頭では、彼のメインの職場(?)である合戦場が描かれます。武田家の侵攻に対して守りを固める小笠原長時の林城に、作兵衛は豆助と共に向かうことになるのです。
 しかし長時にとっては幸いにも、そして作兵衛たちにとっては残念ながら、武田家はこちらに向かってくることなく、雑兵たちは解き放ちになります。それでも諦めない作兵衛は、武田家が向かったという佐久平まで戦を追いかけていった末に、村上義清の平原城に入る羽目になります。

 フィクションにおいては、農村出身の雑兵たちは、立身出世を狙っている場合を除いては、ほとんどの場合、戦に巻き込まれた被害者として描かれる印象があります。しかし本作において作兵衛たちを代表として描かれる雑兵たちは、この第三巻でも相変わらずたくましく、かつしょうもなく――つまり、実に人間らしい姿を見せてくれます。
 そんな彼らにとっては、落城の時も稼ぎ時です。金目のものを担いでトンズラこく姿がコミカルに描かれるのは、もちろん四コマ漫画だからこそかもしれませんが、しかしその背景にあるのは、戦国時代の現実なのです。。

 しかし戦国における戦いは、武将同士の間で繰り広げられるものだけではありません。この巻の中盤以降では、まったく異なる戦いが描かれることになります。
 それは、不作の中でも同じだけの年貢を取ろうとする領主との対決であり、そして避難所として作った「小屋」(という名の砦)を占拠した山賊との戦いであり――参加してもプラスにはならない、しかしマイナスを避けるためには不可欠な戦いなのです。

 もちろんどちらの場合も、作兵衛と豆助以外は普通の(戦国補正はかかっていますが)農民たちが、正面切って勝利できる戦いではありません。そんな状況で如何に戦い、如何に勝利するか――そんなシチュエーションが描かれるのも、本作ならではでしょう。
 特に後者の山賊との戦いは、大将を任された作兵衛が悩み苦しみながらも犠牲を最小限にして勝利を目指す姿が、ごく普通の人間が戦国という時代で何ができるかを示すものとして、感動的ですらあります。

 もちろん本作の場合、めし――食事・料理という要素を忘れるわけにはいきません。この巻でも、タニシの塩辛、生つくね芋の醤油がけ、鯉のあらい、サワガニの素揚げ、にんにく味噌の豆腐田楽などなど、実に美味しそうな料理が登場します。
 しかし本当にうまいものとは何か――それは、山賊に従っていた少女・なつめの抱えていた想いや、この巻のラストでしみじみと作兵衛が語る言葉に現れているといえます。

 食事だけでなく、それがうまいと思えるシチュエーションを、戦国という一種の極限状況で、しかも四コマギャグの体裁を取りつつ描く。この巻でも相変わらずの妙味を堪能させていただきました。

 そしてこの巻では寺の坊主のヒゲダルマ、上で触れたなつめなど、新キャラクターたちも登場し、作兵衛とつるの周囲はますます賑やかになります。いい感じになりつつも(主に作兵衛の鈍さのおかげで)なかなか進展しない二人の関係にやきもきしつつも、この世界をまだまだ見ていたいと思うのですが――この巻のラストでは、不穏極まりない予告が描かれます。
 果たして二人の、村人たちの先に待つものは――少しでも彼らの平穏な時が長く続くよう、祈るばかりなのです。

第二巻を紹介したブログ記事はこちら。


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