![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/172543390/rectangle_large_type_2_10b7e6609016783018d78210d4088a97.png?width=1200)
逢坂みえこ『獣医者正宗捕物帳』第5巻 「その先の部分」を描く巧みな換骨奪胎
獣医者兼岡っ引きの正宗と子分の佐助が、様々な古典ミステリを題材とした事件に挑む時代ミステリ漫画シリーズの最新巻が刊行されました。数々の怪事件の背後に見え隠れする人間の心理の綾を、正宗の推理が解き明かします。
獣医者を営む傍ら、怪事件があれば岡っ引きとして子分の佐助とともに乗り出す正宗を主人公とした本シリーズ。今回もこれまで同様、全三話が収録されています。
「失踪当時のお着物は」
正宗の顔馴染みの女絵師・鱗粉亭小蝶が持ち込んできた一揃いの衣装――木のウロの中にあったのを、遊んでいた子供たちが見つけたというその衣装は、材木問屋に婿入りした若旦那のものだと小蝶は証言します。
捜査に向かった正宗と佐助は、現場近くで様子を窺う、妙に足の早い老人を発見。後を追った二人は、旅芸人一座と出会うのですが、若旦那の手がかりはつかめません。
一旦、若旦那の妻のもとに向かった二人は、彼から明日戻るという手紙が届いているのを見せられるのですが……
「見知らぬ浴客」
湯屋に行った帰り、知らない男に追われているというお米に助けを求められた正宗と佐助。権左というその男を取り押さえてみれば、権左は、お米に「女房はダメでも、あんただけでも助かってくれ」とわけのわからないことをいうばかり。
話を聞いてみれば、夫婦仲の悪いことに悩んでいた権左は、ある日出かけた湯屋で、同じように悪妻に苦しんでいるという男・涼太郎と出会い意気投合――しかしそのうちに女房たちは死んで当然と言い出した涼太郎は、それぞれの女房を交換殺人しようと言い出したというのです。
その場は逃げ出した権左ですが、翌日家に帰れば、まさに涼太郎が妻を殺した直後。妻殺しで捕らえられたくなければ、妻のお米を殺せと涼太郎に脅された権左は、悩んだ末にお米に警告に及んだというのですが……
「幻の蝶」
ある日突然、自身番に連れて行かれ、見知らぬ男・吉之介の面通しをさせられた小蝶。同居していた恋人の男・夕夜が殺された翌朝、血のついた足で帰ってきたところを正宗に捕らえられた吉之介ですが――しかし愛する夕夜を殺すはずがない、何より前の晩、ずっと小蝶と一緒だったと主張しているというのです。
吉之介の無罪を信じた小蝶は、自分を騙る別の女がいるに違いないと、正宗や吉之介の親友・信三郎を交えて、前夜の吉之介の足取りを追うのですが……
衣服を残して失踪した男、見知らぬ男が持ちかける交換殺人、アリバイの証人となる幻の女――と聞けば、ミステリファンの方であれば、おや? と思われるかもしれません。
それもそのはず、冒頭に触れたように、本作は海外ミステリを江戸時代を舞台に描いてみせるという趣向。第三巻まではシャーロック・ホームズものが中心でしたが(この巻にも一話ホームズものがあるものの)、この巻ではウォー、ハイスミス、アイリッシュといった作家の作品が題材となっています。
しかしいつもながらに感心させられるのは、その換骨奪胎の巧みさです。
ミステリのオマージュ/パロディということは、元作品を知っていればその内容はある程度想像がついてしまうのではないか――と思われるかもしれません。
もちろん、原典そのままでなく、ある程度アレンジされているのは当然ですが(「見知らぬ浴客」の冒頭のシチュエーションの不可解さはお見事)――それ以上に本作が見事なのは、事件が解決したその先の部分、謎を解いた後の人物描写の巧みさにあると感じられます。
ハウダニット、ホワイダニット――事件そのものの謎は解けたとしても、それで全てが解決したわけではない。その後も被害者や関係者の、いや犯人自身の心にも事件の爪痕は残ります。
正宗であってもどうにもできない、その複雑な心の綾に、人々が如何に向き合うか――その答えの出ない問題を描くことで、本作は切ない余韻を生み出すのです。
残念ながらこれまでとは違い、現在のところこの巻は電子書籍のみの発売のようですが――これからも巧みな「その先の部分」を描いていってほしいと、心から願う次第です。