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首無し死体の名はセバスチャン・モラン!? 松原利光『ガス灯野良犬探偵団』第5巻

 ついにワトソンもベーカー街の住人となり、ホームズとリューイの周囲も賑やかになってきました。そんな矢先に発見された首なし死体、その名はセバスチャン・モラン――ジエンの古巣・磁刀会も絡んで事態は二転三転、事件は解決したと思いきや……

 紆余曲折の末、アフガニスタン帰りで作家志望の男、ジョン・H・ワトソンがホームズと同居することになったベーカー街221B。リューイたちも相変わらず賑やかに暮らす中で、奇怪な殺人事件が発生します。
 死亡推定時刻を過ぎた時間に、その被害者に出会った人間がいるという首なし死体の怪。死体の服装から判明した被害者――生前「モリアーティ」なる人物との繋がりを仄めかしていたというその人物の名は、「セバスチャン・モラン」!

 さらに、かつてジエンが所属していた中国マフィア・磁刀会が不穏な動きを見せ、殺人事件の犯人として名乗りを上げます。そして磁刀会のボスは、リューイたちの安全を盾に、組織に戻るようにジエンに強いてきて……


 と、怪奇性の強さに加えて、ジエンが苦境に立たされるのが目を引く今回の事件ですが、なんといってもホームズ(本作のホームズという意味ではなく原典の方の意味で)ファン的に度肝を抜かれるのは、被害者の名前であることは間違いありません。
 そう、セバスチャン・モランといえば、原典ではあのモリアーティ教授の部下として「空き家の冒険」事件に登場した人物。それ以外には『恐怖の谷』に名前が出るのみと、ほとんど単発の登場ながら、その立ち位置から高い知名度のキャラクターです。

 そのモランが、いきなり首無し死体として登場とは――ミステリでは、首無し死体イコール××と思え、という格言がありますが(ありません)、それにしても衝撃的な展開です。
 はたして死後も動き回った首無し死体の真実とは。そもそも首無し死体となったのは本当にあのモランなのか。この事件に磁刀会が首を突っ込んできた理由は、そして本当にジエンは磁刀会に戻ってしまうのか……

 この複雑極まりない状況に、磁刀会ボスの下に自ら(知らずに付き合わされたワトソンをお供に)乗り込んだホームズが、まさに快刀乱麻を断つが如く、全ての謎と難題を解決してみせるのには、ただただ痺れるとしか言いようがありません。
 ここはもう、原作者の本格ミステリ作者としての腕を堪能させていただいたというしかないのですが、しかしそこから明かされる、もう一つの「真実」によって、全てがひっくり返されることになります。

 ここから先の展開については伏せますが、今回の事件では派手な大立ち回りを見せたジエンを除けば、大して出番がなかったリューイたちが、ここから大活躍することになります。
 この見せ場の作り方には、こうくるか! と拍手するしかないのですが、しかしこのエピソードは序章でしかないことが、続いて語られます。

 もうここまで来ると、鬼殺しでも連れて来るしかないのでは――というのはベタな感想で恐縮ですが、ここでは原作者のエンターテイメント作家としての腕を存分に見せつけられた、という印象です。

 この巻のラストでは、ついにリューイたちがあの名前で呼ばれることになり(ここでワトソンという「作家」が間に入ることで、本作と原典の間の溝が埋められるのが、また上手い)、この先、主人公サイドも決して「敵」に負けてばかりではいないと期待できます。
 リューイとホームズの関係性も今回の事件を経て新たな段階に突入し、本作のファンとしても原典のファンとしても、ここから新たに始まる物語が待ちきれません。

前の巻の感想はこちら。


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