大人になりたい

もうすぐこの街ともお別れだと思うとなんだか急に寂しくなる。

深夜の散歩もきっと社会人になってしまったら出来なくなる。

大人になるってのは実に不便だ。

家から一番近いコンビニまでは歩いて10分と少し、いつもの道を歩きながらこれまで歩んできた人生を振り返る。

この街には3歳の頃に引っ越してきて、それから約20年、つまりは人生の大半をここで過ごした。この街には数え切れない程の思い出があった。良い思い出も悪い思い出も。

私はこの街が好きだ。

どちらかと言えば田舎だし今通っている都市部の大学までは電車で1時間以上かかる。更に言えば終電は早いし駅には飲み屋も少ないしスタバはたったの一つだけ。

でもそんな街が私は好きだ。

歩き慣れたコンビニまでの道。

車で行けば寒くないしすぐに着くのだけれどもそういう事では無くて、あくまでも歩く事に意味があった。

いつも歩いている道が深夜になると少し顔色を変えてくるのが初めは少し怖い気もしたけれど今となってはどこか恋しい。

私はいつもの様に空を見上げた。

オリオン座くらいしかわからないけれどジッと星々を見つめると胸がいっぱいになる。あまりにも大きな規模の世界に私達はいつも無力で、でもそれが逆に諦めに繋がって、私を奮い立たせてくれた。

視界の端に信号機が映る。

青色から黄色を経て赤色に変わる。車は全く通っていないが私は立ち止まった。深夜の信号機にも従ってしまう自分に少し嫌気がさした。
 
私は信号が再び青に変わるのをジッと待つ。

そして信号が変わった事をしっかりと確認してから再び歩き始める。

無駄な抵抗だとは分かってはいたけれど少し歩いてから道路の真ん中に突っ立ってみた。特に何か意味がある訳でも無いし、特に何かが変わる訳でも無いと分かりきってはいたが何故だかそうせずには居られなかった。

カタカタとなっている室外機が目に入る。きっと寒いから暖房を付けているんだろうなとかどうでもいい事を考えながら止めた足を再び動かす。歩いたり止まったり、私の人生みたいだな。

T字路の右脇、最近できたコインパーキングの横を通ると24時間利用できるためかこの深夜には不釣り合いな程灯りが照らされていた。それなのに止まっている車は一台もなくて、何だかゲームのセーブ地点みたいにどこか特殊だった。

目的地のコンビニは最近改装された駅のすぐ目の前にある。コインパーキングを過ぎて直ぐそこの角を左へと曲がれば駅が見えてくる。

この街に「新しい」がやってきているのは明らかだった。少しずつ変わっていく街に戸惑いを見せながらも昔はああだったよな、何て感傷に浸るみたいに思い出を巡る。きっとより良い方向へと進んでいっているに違いない。ただ思い出が上書きされていくようで少し寂しいだけだ。

角を左に曲がると駅が目に入った。この街では一番大きい駅で深夜だというのにハッキリと浮かび上がる真っ白な壁が新しさを強調させる。

私は曲がり角から駅までの50m程の距離を早足で行く。このお話の終わりも、目的地であるコンビニももう直ぐそこだ。

コンビニで特に何か買いたいものがある訳では無かったが何となくお酒でも買おうかななんて事を考えていてただお酒に弱く、あまり普段からお酒を飲まない私にとってそれはかなり珍しい事だった。

深夜のコンビニに足を踏み入れると入店音が店内に鳴り響いた。スタッフルームの奥からパートのおばさんが顔を覗かせ、少し面倒くさそうな表情を浮かべる。

雑誌コーナーの前を通って一番奥にあるアルコール類が置いてある棚へと向かう。昔はこのコンビニでよくジャンプを立ち読みをして過ごしたものだが今になってはジャンプは電子書籍で毎週購読しているし何よりもお酒を買える年齢になった事に時の流れの早さを感じる。沢山の冒険が始まって終わって始まっている間に私は少年から大人になってしまった。

アルコール類の棚の前に立って商品を見渡す。

お酒の弱い私にはほろよいくらいが丁度良いなと思い、ほろよいの白いサワーを一缶だけ手に取りレジに向かった。

レジでお酒を出すと年齢確認をされた。

専らキャッシュレス決済を利用している私は財布を持ち合わせていなかった。

「すみません、身分証持ってないです。」

「それだとちょっと売れないですね。」

どうやら「新しい」は必ずしも良い事ばかりでは無いみたいだし、私は私が思っているよりもずっと大人では無かったみたいだ。

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