テセウスの肉じゃが

 実家にいたせいか、もしくは午前中から用事のある日が続いたからだろうか。8時位に自然に目が覚めた。何をするでもなくゆっくり午後の授業のために大学に行き、早めの昼食をとった。

 水曜は解析学だ。僕が全然聞いてないのも悪いが、教授ももっと僕が聞きたくなるように話してくれ。テストが近いけど全然理解できていない。Twitterとニュースサイトとインスタを行ったり来たりしながら、聞いてるふりもせず、3時間座っていた。

 一緒に授業を受けてるひとの1人は、アプリで出会ったひとと別れてしまったらしい。しばらくは遊ぶと話していた。もみあげの彼は地元に残した彼女とまだ続いていて、クリスマスがどうこうって話していた。

 ウチの学部は女子が少ない。噂によると全員恋人がいるらしい。僕が所属している自然分解状態のサークルのひとが、そのうちの1人と楽しげに授業を受けていた。付き合ってんのかな。違う女子の彼氏は授業開始前に彼女を教室まで送り届け、終わったら迎えに来ていた。俺にはそんなことはできねえな。

 そういう人の色恋沙汰を見たり聞いたりしたせいで、僕も誰かの胃袋を掴みたいと思った。胃袋を掴むといえば、肉じゃがだ。そういうわけで、今晩のメインディッシュは肉じゃがに決まった。

 牛肉は高い。それに、鶏肉が一番好きだ。スーパーに行き、鶏むね肉を買った。野菜なんて切ってられんし、素材そのままの野菜を買ったら腐らせてしまいそうだ。だから、煮たあとにパックされてる「筑前煮の材料セット」的なものを買った。そうそう、肉じゃがって糸こんにゃく入ってるよね。糸こんにゃくもカゴに入れた。

 家に帰り、鶏肉じゃがを作る。よく見たら「筑前煮の材料セット」には既にこんにゃくが含まれていた。まぁこんにゃく多めでいいか、と焼いた鶏肉、「筑前煮の材料セット」、そして糸こんにゃくを醤油、酒、砂糖等々で煮る。

 すこし辛いけどまぁ肉じゃがっぽい味だ、と食べ初めて気づいた。「筑前煮の材料セット」にはじゃがいもが入ってなかった。

 じゃがいもが入ってない。牛肉も入ってない。だけど、味付けは肉じゃが。でも、「(牛)肉」も「じゃが」も入っていない。味は肉じゃがだけど。

 僕は今日、何を作っていたんだろう。肉じゃがをつくっていたら、肉もじゃがも入ってない、肉じゃがの味付けの煮物を作ってしまった。

 肉じゃがを肉じゃがたらしめるものは何なのだろう。この問いは、テセウスの船に通じる気もする。

 だから、私は今日の晩飯の煮物をテセウスの肉じゃがと名付けた。


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