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翳に沈く森の果て #10 星

龍胆

 さて、龍胆とはどういう人なのだろう。ここはシンプルな山小屋、そして最低限の物だけがあるといった感じ。かまどの上に乗せたケトルでお湯を沸かしてくれている。静かな時間。お湯が沸いた頃、瓶から取り出した茶葉を入れた。まもなく璃乃の好きなアールグレイを淹れてくれた。とてもいい香りがして、温かかった。ここに来て初めて温かいものに触れた璃乃は、とてもリラックスすることができた。

「どうぞ」そう言って優しい顔で璃乃の缶に入った懐かしいクッキーを出してくれた。
「・・これ、懐かしい。子供の頃大好きだったよ?」
「そうだよねっ。白くて、塩気が効いているところにザラメのお砂糖。最近はなかなか手に入らないよ」さすが、璃乃のことをよく知っている龍胆だった。

 「あの、リンドウさんは・・いつからここに?」
 「いつかな?気付いたらいたけど、リンドウでいいのに」と少し笑った。
 「やっぱり・・? リンドウは、ずっとこの森の奥にいるの?」
 「そう、璃乃が小学生くらいの頃から?多分。子供って知らないことが多いでしょ?何が楽しくて、何が嫌で、それだけでいい頃がいつの間にか終わってしまう。その後に何がダメか、何が正解なのか、考え続けなくちゃいけない時代が来る。怒られたり、周りを見るようになって学んだりしながら成長していくよね。でも今は何が正解なのか、誰が正しいのか、どっちに行けばいいのか、自分の考えは正解なのか、わからなくなる。それでどうすればいいか色々と調べたり、相談したり、理想とか、どうあるべきかなんて考えて振る舞うのが仕事。みたいな感じかな?なんだかんだ結構長い間、あーでもないこうでもないってやってきたよ。これ想像以上に疲れるよ?それで、璃乃はここに来てから、例の根の世界とか森の世界を通ってここに来たんだよね?」
 「そう・・。本当に、本当に疲れた・・。リンドウもきっとそうなんだろうね・・そういう、担当?ってあるなんて知らなかった。こんなに長く生きてきたのに。それであの、相談ってどういうこと?」
 「ああ、相談てのは璃乃が繭って呼んでた、その繭と主にあともう一人。でもあまりうまくいってない。璃乃が言うように、正直どうしていいか分からなくなって行き詰まってるかな。ここにある書物やノートも増えたけど、もう時代と共に情報も変わっていることもあるだろうし、あまり多くてもデータとしてまとめることが出来なくなって。活用できないんじゃあね。僕の仕事としては上手く出来ているとは言えないね。」
 「そうなんだ・・でも、言われてみればわかるような気がする。常に成功か失敗か、みたいな。失敗しないように・・って。経験値が増えているんだから成功しなければならないっていつの間にか強い観念に囚われたりして。幼い頃はどう生きていたんだろう?とか思う時もある。ただ家(うち)の場合は物心ついた時から萎縮して過ごしてきたから純粋に生きていた自分って、いたのかな?ありのままの自分がいたんだとしたらいつだったんだろう、どんな風なんだろうって最近思ったりしてたよ。なんかそんなことを考える自分も、忘れられてしまってるかもしれない自分もいたとしたら、なんだか可哀想だな、なんてね。」
 「そうだね。いろいろ頭の中ではずっと迷路の闇を彷徨ってたよね・・」龍胆はいい香りのお茶をゆっくりと飲みながら呟いた。
 「でも、どうにか楽に大きく息をしながら生きることもできるはずだって、思うんだよね。その方法を探したくて。何かに負けたくはない。失敗してもいいから懸命に生きてるってもっと自分自身で感じて生きて終わりたい、と思ってたんだ。」璃乃は改めてこの場所に来て、何か答えを見つけたくて歩いているんだということを思い出し始めていた。
 「よく分かってるよ。僕が一番よく分かってる。当たり前だけど。」
 「そう、なんだよね。いつもありがとう。あ、そう言えば、さっきのもう一人っていうのは?」
 「もう一人?あぁ、綾音って呼んでるんだけど、反対側の山にいるよ?ここからしばらく歩くけど、必ず会って行って。明日行こう!」龍胆は優しい笑顔を見せた。
 「アヤネ?うん、分かったよ。あ、それから、ここに来る途中で会った青い鳥と、豹なの?黒い巨大な猫みたいなのに会って!死ぬかと思ったけど、真っ暗闇になるから仕方なく着いてきたよ?!外にいると思うんだけど・・」
 「ハハ!そうだよね、青い鳥たちはオオルリで、道案内をしてくれる。それからホタルもね。ヒメボタル。森の世界の川は本当に綺麗だから。根の世界にもいたと思うけど、またここを出たら会えると思うよ?そのほかのことは実はそんなに詳しくないんだよね。」
 「そんなんだ・・それで、明日って、また朝が来るんだよね?ここで休ませてもらっていいのかな?」
 「うん、朝は来るよ。今日は疲れたろうからもう休んで、明日綾音に会いに行こう。」
 「うん。ありがとう。じゃあ、ここ借りるね。」

 そいう言って、璃乃は置いてあったソファに横になって見上げるとちょうど天窓があり、そこからいつにも増して星たちがキラキラと瞬いて、流れ星がいくつか横切って行くのが見えた。

「新月の夜は、星が一段と綺麗だよね。」龍胆はそう言いながら「ゆっくりおやすみ」と言って璃乃にブランケットをかけた。

「おやすみ」













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