僕の好きなアジア映画106: WALK UP
『WALK UP』
2022年/韓国/原題:탑/97分
監督:ホン・サンス(홍상수)
出演:クォン・ヘヒョ(권해효)、イ・ヘヨン(이해영)、ソン・ソンミ(송선미)、チョ・ユニ(조윤희)、パク・ミソ(박미소)
今のところ日本で観ることができるホン・サンス監督の最近作である。この作品の後、少なくともあと3作品は公開されているのだから、映画に対するその旺盛な意欲には目を見張るものがある。そしてこの所の作品は、いかにもこれまでのホン・サンス作品、という部分だけではなく、さまざまな新たな試みが為されている。この『WALK UP』も過去の作品を継承しつつ、新しいあり方を試みているようだ。
例えば本作も主人公はいつものように映画監督で、芸術家ぶってはいるが、女癖が悪く極めていい加減な俗物である。そして例によってお酒を飲みながら、何人かの女性たちとの他愛のない会話が続き、さらにはぎこちない沈黙が挟み込まれ、そしていくつかの恋愛へと発展する。こういう描き方はいかにもホン・サンスの映画だと思わせてくれるものであり、われわれの日常にでもあり得そうな会話劇である。
さて本作の原題は「塔(탑)」である。この映画の舞台が1階がレストラン、2階が料理教室、3階が賃貸住宅、4階が芸術家向けのアトリエ、そして地下が家主の作業場というアパート。塔のようなアパートの階をひとつずつ上がる(Walk Up)ごとに物語は4つの章に分かれ、主人公と彼を取り巻く4人の女性との恋愛関係や人間模様が描かれていく。
しかしその描かれてゆく会話劇の時系列が判然としないのだ。いくつかの時間を重層的に配列して、そのまま時系列にそって終わるかと思われた映画は、最終的にはまた最初の時間軸に戻るという、円環構造をとっている。その時系列の縦走性故に本作の原題は「塔(탑)」なのであろうが、それが元の時系列の戻ることで、果たしてそれまでの物語は主人公が実際に経験した事柄なのか、それとも全てが主人公の「妄想」と呼ぶべきものなのか明確な解答はもちろんない。解釈は我々観るものに委ねられている。時間軸で見るものを惑わせ、映画の構造を複雑にしつつ、それによっていつもながらの会話〜恋愛劇のようでありながら、ある種のファンタジーのような不思議な感覚をもたらされている。これがこれまでのホン・サンスの映画の中でも新しい試みと呼ぶべきものだと思うし、結果的に実に面白い作品になった。
監督・脚本・製作・撮影・編集・音楽をすべて自身で務めた本作は、ホン・サンスの映画の中でも一際ユニークな、彼の代表作の一つだと思う。
多くの映画祭に出品されていますがノミネートだけで受賞なし?素晴らしいけどなぁ。