僕の好きなアジア映画69: 北(ノルテ)―歴史の終わり
『北(ノルテ)―歴史の終わり』
2013年/フィリピン/原題:NORTE, THE END OF HISTORY/250分
監督:ラヴ・ディアス
出演:シド・ルセロ、アンジェリ・バヤニ、アーチー・アレマニア、アンジェリーナ・カナピ、ソリマン・クルスなど
ラヴ・ディアス監督の映画を観たのはこれが二作目である。残念ながらなかなかこの監督の映画を観る機会には恵まれない。本作に先立って観たのは2016年の『立ち去った女』。これはBlu-rayを購入して観たのだが、僕がこれまで観た映画の中でも最も圧倒的なものの一つだった。
そしてこの『北(ノルテ)―歴史の終わり』は、これより先んずる2013年の作品である。本作はJAIHOで配信されていて、配信終了ギリギリになって気付き、どうにか滑り込みで観ることが出来た。作風は『立ち去った女』とはまた異なるが、この映画もやはり圧倒的なものだった。ラヴ・ディアス監督について検索すると、しばしば遭遇する形容が「怪物的監督」という表現である。僕も未だ二作品しか観ていないわけだが、やはり「怪物」という表現に納得せざるを得ない。
物語は、インテリだが短絡的な正義感で人を殺し、結果的には精神を病んでいく男と、その殺人の冤罪の対象となる貧しく教育はないが、魂の安らぎにたどり着く実直な男との対比、善と悪の対比を軸としている。「罪と罰」を翻案としているプロットだという。
さて物語もそれなりに運命の残酷さを描いていて衝撃的ではあるのだが、ラヴ・ディアスの凄さはその見せ方だと思う。映像から表現し難い迫力を感じるのだ。基本的には長回しなのだが、本作のそれは『立ち去った女』とはまた別のものだ。モノクロ作品の『立ち去った女』では、長回しと言っても登場人物などの「動き」は極めて乏しく、その静謐の中にある光と影が、魔術的な感覚を作り上げていた。
一方カラー作品の本作では、『立ち去った女』とはかなり異なる。同じく長回しではあってもワイドな画面で集落などの様子を遠景で俯瞰し、そこには道ゆく人々であったり、山羊や犬であったりが映し出される。そこに登場人物がゆっくり遠くから現れ、カメラに近づいてくる。カメラに近づいたところで通り過ぎようとする登場人物をカメラがゆっくり追いかけていく。
シャープで隅々まで精細なカラー映像、ドラマチックな構図の元に撮影されたそれらシークエンスは、まるで時間を切り取ったようなリアルな迫力がある。本作においてはこの独自の映像表現こそラヴ・ディアスが「怪物的」たる所以であり、また彼の齎す魔術なのだと思う。アンゲロプロスやタルコフスキーとはまた違った形の審美的で圧倒的な映像体験を与えてくれる稀有な監督だと思う。なかなかその映画に触れることは多くはないので、機会があったら決して逃さないでほしい。
Gawad Urian for Best Film、Gawad Urian Award for Best Screenplay、第66回カンヌ国際映画祭のある視点部門上映など。
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