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僕の好きなアジア映画112: 国境ナイトクルージング
『国境ナイトクルージング』
2023年/原題:燃冬/中国/97分
監督:アンソニー・チェン(陳哲藝)
出演:チョウ・ドンユイ(周冬雨)、リウ・ハオラン(劉昊然)、チュー・チューシアオ(屈楚蕭)
3人の主人公が、3人でバイクに跨って国境沿いの旅にでる場面から、なんかグッときてしまった。こういう年頃が確かに僕にもあった(と思う)。刹那的で無鉄砲で先のことまでを計算することがない、そんな時期があった。しかしよく考えてみれば、この物語の主人公達の設定はすでに社会に出てから幾許かの年月を経ていて、書くだけでも気恥ずかしい「青春」という時期はとうに過ぎ去った年齢なのではないか。
主人公の一人は親のプレッシャーを受けながら、言われるがままに金融関係に就職したがうまくいかず、
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バスガイドをしている女は実はオリンピックのフィギュアスケートの代表を目指していたが怪我のため諦めざるを得ず、
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もう一人はなにをやってもうまくいかず、親戚の中華料理店に流れ着いたが強盗を繰り返し指名手配までされている。
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3人が3人とも青春の最後の時期(あるいはすでに終わっていることを自覚すべき時期)にあり、かつ三者三様の挫折の中にある。すでに3人とも青春の冬に辿り着いているのだ。そんな3人が北朝鮮との国境に位置し、朝鮮族の居住する厳寒の地「延辺」で出会い、刹那の共感の中で最後の旅を共にする。
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言ってみればこの映画は広義には「青春映画」と言って良いかもしれないが、厳密に言えば青春の終焉の物語である。青春の残滓の中で最後その残火を燃やし尽くし、それを自覚し区切りとして挫折から再生し、過去の自身と決別し再出発して行く過程を描いた物語である。
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監督は『イロイロ ぬくもりの記憶』のシンガポールのアンソニー・チェン。あの映画でも感情の機微をいきいきと描いていたが、本作でも清冽な映像と共に、主人公たちの青春の終焉とそこからの出発をナイーヴかつ鮮烈に描きだしている。心の動きを瑞々しく描写するのがとても上手い監督だと思う。観た後に清々しさが残る映画だった。
しかしなんでしょう、この邦題。原題は「燃冬」。燃える冬です。「国境ナイトクルージング」では表層的に、映画の中の事象の一部を示しているだけで、全くこの映画の意図するところを示していないように思う。「なんとなくカッコよく聞こえるからつけちゃった」という感じ?
第96回 アカデミー賞国際長編映画賞(シンガポール代表)、第76回 カンヌ国際映画祭 ある視点部門
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