僕の好きなアジア映画71:イロイロ ぬくもりの記憶
『イロイロ ぬくもりの記憶』
2013年/シンガポール/原題:ILO ILO/爸媽不在家/99分
監督:アンソニー・チェン
出演:コー・ジャールー、アンジェリ・バヤニ
シンガポールに住む中国系の家族。息子は問題ばかり起こす困った子供(ジャールー)、わかりやすく言うと「クソガキ」です。そこそこ裕福な家庭であり、母が妊娠もしていることから手のかかる子供を面倒を見てもらうためにハウスメイドを雇うことに。
「インドネシア人より、英語が話せるからフィリピン人が良い」と言うことで雇われたのが、ラヴ・ディアス監督の『北(ノルテ)―歴史の終わり』にも出演していたフィリピン人女優アンジェリ・バヤニ。この女優さん、出てくるだけで誠実そうな空気が漂います。メイドの選択にそういう感覚があること、日本人はまず思い当たりもしません。だからそういうちょっとした事象が、これは裕福な多民族国家シンガポールならではの描写ということです。
さて住み込みで雇われた彼女は、戸惑いつつも、酷い目にも遭いつつも、真摯にして媚びることなく、このクソガキにフェアな愛情を注いでいきます。最初は彼女を受け入れないクソガキも徐々に彼女を信頼し、二人はいつしか母もが嫉妬するほどの関係を築いていきます。
しかし中国人家族の経済的事情によって雇い止めとなり、彼女はフィリピンに帰国することになります。イロイロとは、フィリンピンの都市の名前で、彼女はやっと自身の子供に会うことができるのです。クソガキにとっては、悲しいけれどいつまでも忘れられない甘酸っぱい記憶であり、クソガキの成長の過程に置いては重要な出来事であったわけです。
率直に言って仕舞えば、何か特別に斬新なプロットがあるわけでは全くなく、むしろ極めて古典的ともいうべき王道のそれなのですが、そんなありきたり(☜失礼な)なプロットであってもこの映画の瑞々しさは群を抜いています。それはどこにでもいるクソガキと温かく真摯なハウスメイドを演じた二人の演技が本当に率直で、二人の感情の航跡が鮮やかに描かれているからです。これこそアンソニー・チェン監督の演出の賜物というべきでしょう。
ところでクソガキ、クソガキってたくさん書いてしまいましたが、本作はアンソニー監督の自伝的な作品なのだそうです。クソガキって言ってごめんなさい。邦題の「ぬくもりの記憶」は不要ですね。なんか邦題は映画に対するイメージを誘導するものが多く、しかし本来それは個々の感覚に委ねられるべきだと思います。
第66回カンヌ国際映画祭カメラドール、第14回東京フィルメックス観客賞