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僕の好きなアジア映画36:ローサは密告された
『ローサは密告された』
2016年/フィリピン原題:Ma' Rosa/110分
監督:ブリランテ・メンドーサ
出演:ジャクリン・ホセ、フリオ・ディアス
先日フィリンピンの大統領選が終了し、独裁者マルコスの息子のマルコス氏が大統領に選出されたが、この映画はその前の大統領、ドゥテルテ氏が選出された直後に日本では公開された。ドゥテルテ氏といえば、なんと言っても麻薬の取り締まりに関する過激さ、いわゆる「麻薬戦争」で、日本でも記憶されている大統領だ。戦争とすら呼ばれるその過激さは容疑者が抵抗すれば射殺も厭わないという、僕ら日本人にはちょっと想像し難い苛烈なものだ。
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さてこの映画が作られたのは、そのドゥテルテ氏が就任する前であるから、取り締まりの描写はまだ生ぬるい(と言っても我々の感覚で言えば十分に厳しいのだが)。主人公はフィリピンの首都マニラにある、アジア最大のスラムと呼ばれる貧民街で雑貨店を夫婦で営んでいる。妻ローサは子供を育てながら、どこか頼りない夫と雑貨店を切り盛りする、日本的にいえば肝っ玉かあさんだ。もちろん雑貨屋であるから、さまざまな商品を売っているのだが、その中には覚醒剤・麻薬までもが含まれるというわけだ。生活のためには麻薬だろうが何だろうが商売として利益になるものを、生き残るために販売することは、スラムで生活するものにとっては至極当たり前のことになっている。
ローサは密告により、警察に逮捕・勾留される。さてそこからまた異なる苦難が彼女を待っている。警察権力の腐敗だ。彼女らは暴力的な取り調べを受け、理不尽な額の保釈金を要求される。押収した薬物を警察は横流して、没収した金を遊興費に使う。両親の釈放の為、子供たちは必死に金策に走る。物語はそれだけだ。
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最後のシーン。スラムに帰って、空腹を満たすために焼き鳥?か何かの串を頬張るローサ。出口のない悲しみに、涙が溢れ号泣する。たくましく生きるローサであっても、その絶望感は計り知れない。全く希望が持てない自身の生活、貧困への絶望であり、また腐敗が横行する権力に対する絶望であり、そして格差を改善できない政治への絶望であろう。
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マニラの猥雑なスラムを、生々しいドキュメンタリーのような映像、スローモーションを交えたスタイリッシュな映像で、光が見えないフィリンピン社会の現実を捉えたセンセーショナルな秀作です。監督はフィリピンの誇る鬼才、ブリランテ・メンドーサ。
果たしてフィリピンの麻薬戦争は、大統領の交代でこの先どうなっていくのだろう。
第69回カンヌ国際映画祭 主演女優賞受賞。
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