僕の好きなアジア映画109: スープとイデオロギー
『スープとイデオロギー』
2021年/日本・韓国/原題:Soup and Ideology/118分
監督:ヤン・ヨンヒ(양영희)
脚本:ヤン・ヨンヒ
ナレーション:ヤン・ヨンヒ
2021年の山形国際ドキュメンタリー映画祭がコロナ禍で配信のみになった際に、とても楽しみにしていたこの映画は配信されず、その後見る機会がなかった。現在はアマプラで観られるので、やっと鑑賞することができた。
本作は在日2世であるヤン・ヨンヒ監督のオモニ、大阪で生まれ育った母の姿を長年に渡り捉えた作品である。日本の支配下から朝鮮が独立した18歳の時に一度朝鮮(済州島)に戻ったオモニはすぐにまた日本に帰ってきて、それ以降亡くなった父と共に朝鮮総連のための活動を熱心に続けてきた。
ヨンヒ監督の両親は帰国後韓国ではなく北朝鮮の支援をし、自分の息子たちを韓国ではなく、帰国事業で北朝鮮に帰した。それはどうしてなのか。そこには済州島4.3事件という悲劇があった。
済州島4.3事件とは(ChatGPTで検索):
という事件で、オンマもその悲惨な虐殺の実際、数多くの犠牲者たちを目の当たりにして、命からがら日本に逃れてきたのだ。であるが故に南朝鮮政府(韓国)に対しては強い不信感を抱くようになるのは必然であろう。ヤン・ヨンヒ監督には3人の兄がいたのだが、真実はどうであれ当時「地上の楽園」と謳われた北朝鮮の方が、韓国政府よりは信頼にたるものであったのだろう。それ故監督の3人の兄たちは韓国ではなく北朝鮮に帰還したのだ。その後オモニは北朝鮮で困窮する息子たちのために仕送りをして支え続けた。
「済州4・3事件」は韓国現代史のタブーとされていたそうだ。恥ずかしながら僕もこの事件をこの映画をみるまでは全く知らなかった。アルツハイマー病を患い、記憶が少しずつ消えていく中、オモニが自身の体験を通じて「北」を信じ続けた理由が明らかになる。我々日本人が単純に、北朝鮮の政府を信じ支える人たちがいることを信じ難いことと考えるのは、こういう背景を持つ人々もいるということを想像だにできないからだ。歴史に翻弄され、さらに人種的偏見の中、日本で力強く生きてきた母の生き様を追った傑作ドキュメンタリーである。
しかしオンマが作り続ける作るスープの美味しそうなことといったらない。丸鶏の中に40片あまりの大蒜と棗や朝鮮人参を詰め込んで、4時間ぐらいじっくり煮る。鶏肉ももちろん美味しそうなのだが、スープの味は想像を超えるものだろう。旨みを凝縮したそのスープにはオンマの人生が凝縮されているようだ。
DMZ国際ドキュメンタリー映画祭グランプリ・ホワイトホース賞、ソウル独立映画祭審査員特別賞、第77回毎日映画コンクールドキュメンタリー映画賞など