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診断系樹木医の活躍の場と、必要な素養とは?(1)
筆者経歴
緑化コンサル 兼 樹木医。園芸・造園系の大学で学び、現在は行政やインフラ企業の緑化を支援する。/ 街路樹、公園、庭園などで樹木の点検・診断を行い、業務を監督してきた経験からこの記事を書くことに。ちなみに初めて樹木診断を行ったのは上野公園。
この記事が有益な方
・樹木医を仕事にしたい方
・診断系の樹木医業務に就きたい方
この記事の目的
この記事では、第一部として、国交省登録資格制度に「樹木医」が登録されたという話題を起点に、インフラとしての樹木の安全点検、樹木医に求められること、そして診断・点検を専門とする樹木医が活躍できる公共案件の例を紹介します。次回の第二部では、点検・診断の専門家の視点から樹木医教育の制度的課題について触れ、最期に、オススメの専門教育と、この分野で一流の樹木医になるためのモデルフローを簡潔にご紹介します。
1.樹木医資格の国交省登録
1-1.概要
「国土交通省登録資格制度」に、新たに「樹木医」が登録されました。登録分野は「公園樹木の点検・診断等」の「担当技術者」です。
この制度は、一定水準の技術力を有する民間資格を登録することで、国や地方公共団体が発注する公共工事の調査(点検・診断)や設計等の品質向上と、資格保有技術者の活躍促進を目的としています。樹木医側には、総合評価落札方式の業務で加点評価のメリットもあります。
これは、樹木医と樹木医制度が社会インフラを守る専門家として評価されたことを示しています。
1-2.制度の背景と目的
近年、高度経済成長期に整備されたインフラの老朽化によって事故が発生しています。2012年に発生した「笹子トンネル天井版落下事故」を契機に、政府は、2013年に「インフラ長寿命化基本計画」を策定して対策を進めてきました。しかし、最近でも下水道の破損が原因とみられる道路陥没事故が発生するなど、依然として、点検と修繕が必要な施設が多数存在しています。こうした背景には、予算不足や技術者不足といった課題があります。
一方で、事故当時から、公共工事の低価格入札の増加による品質の低下や、技術者の育成・確保が十分でない問題が生じていました。これに対応するため、2014年に「公共工事の品質確保の促進に関する法律」が改正され、今回話題に取り上げた「国土交通省登録資格制度」も創設されました。
こうした経緯から、この制度には2つの目的があります。
社会資本の建設や維持管理を担う技術者の育成・確保
技術者の技量向上による、インフラの点検・診断および設計の品質確保
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(大きく分けて、国と東京都の二つの流れがある)
1-3.インフラとしての樹木と安全点検
樹木が関わるインフラの代表例が都市公園や街路樹です。これらの樹木も老朽化つまり高齢化が進んでおり、点検・診断による安全確保と緑化機能の継続的な発揮(長寿命化)が求められています。
公園施設(遊具や運動施設、樹木など)の老朽化に対しては、2012年に国土交通省が「公園施設長寿命化計画策定指針(案)」を示し、各自治体で点検と長寿命化への取り組みが始まりました。この計画では、長期的な修繕や更新の計画を定めることで、ライフサイクルコストを削減しつつ、利用者の安全と快適性を長期的に確保することが期待されています。
しかし、公園樹木の取り扱いに関しては具体的な記載がなかったため、2024年に一般社団法人ランドスケープコンサルタンツ協会が、長寿命化計画の公園樹木版といえる「公園樹木の長寿命化計画策定指針(案)」を発表する流れになりました。
即時的な安全性確保のため施策としては、2015年に、国土交通省が「公園施設の安全点検に係る指針(案)」を示し、公園施設の安全点検を実施するにあたっての考え方等をまとめました。
このうち、樹木については、2017年に、「都市公園の樹木の点検・診断に関する指針(案)」がまとめられ、都市公園における樹木の点検・診断の基本的な考え方、及び点検・診断の際に配慮すべき基本的な事項が示されています。
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(筆者が一部加筆)
1-4.樹木医に求められること
樹木の点検・診断は、自治体の担当者や維持管理を請け負う造園会社により行われるのが一般的です。一部の先進的な自治体では、東京都の「街路樹診断マニュアル」に準拠した、または類似のマニュアルに基づく点検・診断が制度化され、樹木医への委託により実施されています。「街路樹」と名前がついていますが公園や緑地でも使われいます。
東京都の街路樹・樹木診断では、チェックリストに従い、活力と部位ごとの弱点を確認・評価して、最後に健全度を判定します。記録は写真やスケッチと共に、1本ごとにカルテにします。マニュアルがあっても、樹木は生物なので定型的には対応できません。公園でも樹木にストレスがかかる場所は多いですし、環境を考慮して維持管理の処置を決める必要があります。
また安全性には直接関係ないですが、利用者の活動や休息との両立、近隣住宅への落葉や日照、景観や緑化の機能などの視点があると、より現実的な処置が提案できるでしょう。
今回の登録は、「公園樹木の点検・診断等」の「担当技術者」ですので、実際に樹木医が関わる場合は、上記の様な点検・診断業務が想定されます。こうした業務を行うには、樹木の強度低下の原因や徴候の知識を身に着け、確実かつ効率よく点検を行うスキルが求められます。そのためには多くの経験を積む必要があります。
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2.樹木医が活躍する公共案件
樹木医資格が仕様書で定められている公共案件の事例を紹介します。樹木医を目指す方はどのような場面で活躍できるか参考にしてください。
■ 街路樹診断業務
東京都、横浜市、町田市などの首都圏の自治体では、街路樹の診断業務において樹木医資格が求められています。東京都の場合はさらに詳細な指定があります。以下にその例を挙げますが、具体の内容は変化する可能性があるので、仕様書を直接確認してください。
診断経験年数
東京都による街路樹研修に関する講習の受講、もしくは東京都が認める街路樹診断に関する講習または研修を受講した樹木医
街路樹診断士の資格を取得したのち、2年以上の街路樹診断等の実務経験等
前述の通りですが、街路樹診断業務を行うには、樹木の基礎的な力学、生理、道路構造令などの知識を身につけておく必要があります。
■ 樹木診断業務
東京都や宮内庁における樹木診断業務(公園・緑地)でも樹木医資格が指定されています。街路樹診断と同様の知識が求められますが、立地に応じた判断が求められます。
■ 公園改修設計
文京区などの自治体では、公園の改修設計業務の中で、樹木医による既存樹木の健全度診断または移植適正度診断が含まれることがあります。基本的には街路樹・樹木診断と同様の知識が求められますが、移植と仮移植の実情を知っていると現実的な提案が可能です。
■ 道路改修設計又は工事
道路の改修設計では、既存街路樹の移植適正度診断が必要となることがあります。また、街路樹付近での掘削を伴う上下水道や道路の工事では、樹木の根を保護する目的で、樹木医の立会いが要求されるものがあります。後者では根の分布と保護についての知識と経験があるとよいでしょう。
■ 公園樹木の保全・再生計画
業務自体が非常にまれですが、公園樹木の保全・再生計画の策定業務において、樹木医の資格が必須となるケースがあります。樹木診断の知識に加え、樹木の生理・生態、樹木と文化の知識、さらに公園の来歴や地域の歴史を調査・把握できる能力が求められます。
参考までに、最近では、国交省の新制度「優良緑地確保計画認定制度」(愛称:TSUNAGU)においても、評価の対象となる専門家の例として樹木医が掲載されています。
これらの事例からもわかるように、樹木医には国や地方自治体が発注する診断、計画・設計などの業務で活躍するチャンスがあります。ぜひ積極的に情報収集を行い、お仕事に役立ててください。
(診断系の公共案件では、木登りや重労働が原則としてなく、特別な身体能力を必要としません。また、プロジェクトごとに社内外から樹木医が集められるスタイルを採用している会社もあり、家庭やプライベートとの両立を目指しやすい業務です。)
今回は、樹木医資格の国土交通省登録制度登録をきっかけに、点検・診断の実際をご紹介しました。案件についても、意外に活躍の場があると感じられたのではないでしょうか?
次回は、こうした業務をこなすにはどのような素養を身につければよいかという視点からお話をします。
免責事項
本稿は分かりやすさを優先してまとめています。入札に必要な資格については、各仕様書をご確認ください。
【出典】
*街路樹診断士について,一般社団法人街路樹診断協会
https://www.gaishin.com/diagnosis/
【参考文献】
公共工事に関する調査及び設計等の品質確保に資する技術者資格について,国土交通省
https://www.mlit.go.jp/tec/tec_tk_000098.html
公共工事に関する調査及び設計等の品質確保に資する技術者資格について,国土交通省
https://www.mlit.go.jp/tec/tec_tk_000098.html
公園施設長寿命化計画策定指針(案)(改訂版)について,国土交通省
https://www.mlit.go.jp/toshi/park/toshi_parkgreen_tk_000020.html
「公園施設の安全点検に係る指針(案)」について,国土交通省
https://www.mlit.go.jp/toshi/park/toshi_parkgreen_tk_000084.html
樹木の点検・診断に関する指針(案)について,国土交通省
https://www.mlit.go.jp/toshi/park/toshi_parkgreen_tk_000109.html
街路樹診断等マニュアル,東京都,2021年8月21日https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/park/ryokuka/hyoushi/hyoushi7-1
©じゅもくやん 2024.02.22