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M&Aは金融の話じゃない。家族の話なんだ。
社長の浮かない表情
会社の売却を決意し、具体的な打ち合わせのために会ったとき、売主である社長はどこか暗い顔をしていた。
「なんか、お元気ないですね?」と声をかけると、どうやら息子さんのことが気になっている様子だ。
「息子には昔から『お前に会社を継ぐからな』と期待させていたのに、会社を売ることになって、それをまだ話せていないんです。一体なんと言ったら良いか…。」
社長の奥様も隣で、「家でもそのことばっかり。ずっと気にしているんですよ。」と仰っていた。
今回の売却企業は「赤字続きで倒産寸前の会社をなんとかM&Aで新しいオーナーを見つけたい」などという厳しいM&A案件ではない。
財務状況は全く健全で、取引先も大手企業ばかり。従業員も誠実で社長への信頼も厚く、どう見ても優良企業だ。30年以上に渡る社長の誠実な経営姿勢が結果となって表れているとしか言いようがなかった。
ただ、売上は徐々に減少傾向にあり、社長は「自分がずっと経営を続けても会社が大きく好転することは考えにくい」と思い、M&Aという前向きな英断をしてくれたのだった。
大切なことをいつ家族に言うべきか
息子に売却話をするのは、いつにしたらよいか。
社長は迷いながらも「M&Aの買手企業が具体的になってきた頃に話したい」と話をしていた。
基本的には、周囲の人へのディスクローズ(情報開示)は社長の判断を優先させている。社長とその周囲の人たちとの関係性によって決定していくべきだからだ。
ただ、私もどうすべきか考えてみた。
本当に重要なことを、大切な家族にはいつ伝えるべきか‥‥
打合せ中に漠然と考えていたのだが、ふと思い出したことがあった。
それは私の母方の祖母の話だ。
祖母は私が社会人1年目に、肝臓癌で亡くなった。入院生活の長い祖母は年をとって気難しくなってしまったが、母は毎日のようにお見舞いに行き、1人で看病に尽くしていた。
実は、その祖母が肝臓ガンであったことを、私は祖母が亡くなった後に知った。
そのことが、私はとてもショックだった。
「なんで言ってくれなかったの?」と母に聞くと、「だって、おばあちゃんが癌だなんて、ショックでしょう?」と言われた。
けれど、私はそれを隠されていたことのほうが何倍もショックだった。6歳年上の姉には、伝えていたというのに。
「なんでそんな子ども扱いされないといけないの?癌だと知って、その事実をどう受け止めるのかは、私次第なのに。」
「知っていても何もできなかったかもしれないけど、少しでも、入院する祖母や、1人で看病する母にだってもう少し優しくできたかもしれないのに。」
と、なぜか無性に悔しくなった。
母からすれば「余計な心配をかけないように」という優しい気遣いだ。けれども、私は家族から仲間はずれにされたような気持ちになったし、何よりも一人の大人として扱われてないような気がしたのがショックだった。
だから、このとき2つのことを学んだのだ。
① 本当に大事なことは、早く伝えた方が良いこと
② 事実をどのように受け止めるのかは、本人の問題であること
社長との打ち合わせ中にこの思い出がふと蘇り、私は伝えた。
「私が息子さんだったら、早く言って欲しいです。話が決着してから知ったら『なんで早く言ってくれなかったの?』と思ってしまいます。」
これは私の心からの言葉だった。
会社を継ぐ予定だったのに売却することになった話を、息子に伝えたくないのは「社長が」罪悪感を感じているからにすぎない。
愛情あふれる父親なので、それは良く理解できる。だけど、会社を売却することになったという事実をどう捉えるのかは、「息子さん次第」だと思った。
私の言葉を聞いてすぐ、社長と奥様は決意してくれたようで、早期に息子を実家に呼んで話をすることにしたようだ。
結局、聞いたところによると、息子さんは驚きはしたもののいまの職場も充実している様子だった。
会社を継ぐ夢はかなえられなかったものの、前向きに「選択肢が広がった」ととらえてくれたようだ。
最初から最後まで、家族の心を支えるためだった
次に社長に会ったときには、社長の表情は年明けよりもずっと明るくなっていた。
その後、とても良い買手企業との出会いを果たし、とんとん拍子に進んでいった。
数カ月をかけて面談を重ね、金額面、法務面、スケジュールを詰めていき、本当に何の問題もなく、素晴らしい案件となった。ひとえに、社長の真摯な経営が生み出した奇跡の成約としか言いようがなかった。
成約後も次々と嬉しい報告がメールで送られてくる。買手企業の手腕もあって、従業員もすぐに、「会社の将来を盛り上げていこう!」と熱くなっている様子が伺えた。
家族だけではなく従業員や取引先などを含むみんなが「社長がM&Aという選択をしたことは、ベストな選択だった」と徐々に納得していく様子が外から見ていても伝わってきた。
日々の様子に悦びと安堵を感じていると、ふと、珍しく社長の奥様がメールをくれた。
「私たちの気持ちにずっと寄り添っていただき、心から感謝しています。息子のことも『自分だったら』と正直にお話いただいたことで、話すきっかけを与えていただきました。」
これを見た瞬間、私は改めて気づいた。
私が支えていたのは「M&A案件」ではなく、この家族そのものだったんだ。
「M&Aアドバイザーの仕事は何か?」と聞かれたら、多くの人はどう答えるだろうか。
正直、「交渉人」あるいは「法的手続きの支援」くらいのイメージを持つ方が多いのではないだろうか。
譲渡金額を双方に折り合いがつく金額で決定し、会社法に則った売却手続きの通りに、必要な書類を作成する。買手との交渉においてお互いに気を付けなければいけない法的なリスクを把握し、当事者に理解してもらいながら書面をまとめていく。
難しく聞こえるかもしれないが、これらはほとんどが「知識」だ。ちゃんと勉強さえすれば、誰でもできる。
けれども、今回の案件で私がアドバイザーとして貢献した部分は、書類作成なんかじゃない。この家族の気持ちに寄り添って、常に最良の選択をしてもらうことだった。
これは正直、おこがましいけれど、私にしかできないと思った。
これが私の「天職だと感じた瞬間」だ。
世の中には、敏腕のM&Aアドバイザーがたくさんいる。数百億円規模のディールを何件もこなし、知識も戦略も、きっと私が聞いたことも無いような高度なものがたくさんあるだろう。
きっと、その人たちに、私は勝てない。
だけど、その人たちはある意味、私には勝てない。
M&Aをマネーゲームのように捉えている人たちや、なんとしてでも成約をこぎつけるようなことをする人もたくさんいる。譲渡対価を吊り上げようとする人だっている。
それで大きな報酬を得られるなら仕方ない。M&Aを事業の柱にしているのならそうすべきなのかもしれない。
だけど、私は決してそうしたくない。
ときには売却しない方が良いことだってあるし、違和感ある相手なのだとしたら話を振り出しにしたほうが良いこともある。
私はこれからも「心に正直な」M&Aアドバイザーでありたい。
そして、大事な場面で「心からの本音で」言葉をかけて上げられる人間でありたい。そうあることが私の誇りだし、使命だと考えているから。
数百億の案件には、私ではなかなか出会えないかもしれない。けれども、日本企業の大半を占める企業が中小零細企業だ。この多くの中小企業の社長が高齢化し、いま、事業承継の課題をたくさんかかえている。今回のような家族経営の企業も多いだろう。
この社長たちに必要なのは、M&Aの高度な知識やテクニックではなく、本当に心から気持ちに寄り添ってくれる人なのではないだろうか。
「成約」だけを正解とするのではなく、「社長の人生」や「家族の将来」という視点から考えて、ひとつひとつ丁寧な声を掛けてあげることがいかに重要なことか。
この記事を通じて、私の想いを世の中すべてのM&Aアドバイザーにも伝えたかった。
そして、これからも自分の描く理想のM&Aアドバイザー像をさらに磨いていきたいと思っている。
これは私がこれからの生涯をかけて、ずっと携わっていきたい仕事の話。
最後までお読みいただきありがとうございました。