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任意売却の実際。孤独死寸前でアルコール依存症のAさんが立ち上がるまで(上)

 「美崎さーん!覚えてる?Aです!一昨日退所しました!今日、寮付きのタクシーに就職決まりました!本当にありがとう!じゃ、お金切れちゃうからー!」ガチャ・・・

 一方的にかかってきて、私に何も言わさず、一方的に切れた電話。相手はすぐにわかりました。私が任意売却という仕事をして始めてのお客様、Aさんでした。

 電話が切れた後、コンビニに停めた車の中で1人、感慨深さに震えていました。それは、彼が電話してきたその状況が手に取るように分かったからであり、私がやっている任意売却という仕事の意味を、本当に理解できた気がしたからです。

 彼はその数日前まで、アルコール依存症を治療する施設に入所していました。恐らく2年は退所できないと聞いていました。その施設を1年たらずで退所し、寮付きのタクシー会社に就職できたのです。

 きっと彼は本当に小銭とも言えるお金しか持っていなかったのでしょう。料金未払いで止められた携帯は通話不可のままです。彼にとってはなけなしのお金で、公衆電話から電話してきたのです。何もその日でなくてもいいのに。

 その彼の状況に気が付いた時、私は、私がしている仕事の本当の意味を理解した気がしました。


 Aさんとの出会いは衝撃的でした。

 任意売却という仕事を始めたばかりの初春の頃です。まだこの仕事の本当の現場を知らずに、とにかくお客様を獲得するために飛び込み訪問をしていました。

 2回目の訪問で初めて話をすることができ、きちんとした提案をするためのアポを取りました。その時は、初めてのアポが取れたことが嬉しくて、Aさんの様子をしっかりと確認することはできなかったです。

 初めてのアポは、肌寒い雨の日でした。私の師匠とも言える上司との同行訪問です。しかし、約束の時間に訪問をしても何の反応もありません。呼鈴を鳴らしても、ノックしても携帯に電話しても何の反応もありません。

 上司は「こんなことはよくある」と言っていましたが、初めてのアポで初めての同行でこんな事態になり、正直Aさんに腹が立ちました。仕方ないので近隣の訪問をして少し時間をおいてから再度訪問をしました。

 再訪問でも最初は何の反応もなく、さすがに玄関前で粘ったところ、明らかに寝起きのAさんが出てきました。その姿が何と、よれよれのタンクトップによれよれのブリーフ。まさにあっけに取られてポカーンとしてしまいました。

 さらに玄関から中を覗いたところ、廊下にはトイレットペーパーが散乱しています。飼犬も泣き止まみません。とてつもない汚臭が玄関の外までに漂ってきます。とても家の中でまともに話ができる状態ではないので、Aさんの車の中で話をすることにしました。Aさんは個人タクシーをしていたので、車の中はそれなりに綺麗でしたが、もちろんAさんはタンクトップとブリーフのままでした。

 Aさんが運転席に、上司が助手席に、私は客席でもある後ろのシートに座り任意売却の説明が始まりました。説明をしている間、明らかに二日酔いのAさんは「寒い、寒い、うぅぅ、うぅぅぅ」とずっとブツブツ言い続けています。上司はそのAさんに話をしています。私からしたら全く話を聞いていない様子でしたが、上司はしっかりと話が通じてると言いました。正直嘘だろと思いましたが、それが本当だと後々にわかりました。

 実際に売却活動を始めるにあたり、まず初めにしたことは家の掃除です。ハッキリ言ってゴミ屋敷です。ガスは止められ、なんと水道も止められていたのです。滞納分の水道料金は私が立替て、何とか開栓してもらいました。

 アポの日に玄関から見えたトイレットペーパーは、トイレが流れなくなってしまったために溢れ出した使用済みのものだったのです。その他にも、数か月にわたり水につかったまま放置された食器たち。酔って階段から落ちた時に出血した血の跡。洗濯機が使えないからと使用し始めた使用済みオムツの山。その他ゴミ袋の山と大量のコバエ達。掃除のときには梅雨に入っていたせいもあり、汚臭が特に酷かったのでしょう。

 もちろん私一人ではなく、頼もしい業者さんにもお願いして手伝ってもらいました。血の跡はもちろん、お風呂や洗面所、床や廊下、階段に至るまで全て手作業で拭き掃除をしました。その掃除からしばらくして、ようやく買主が見つかり、売買契約となりました。

 この頃から、Aさんとのやり取りも増えて会話の数も増えていきました。それからのAさんとの会話がきっかけとなって、この仕事の本質、お客様に与える影響、そんなことを少しづつ考えるようになりました。

 Aさんとの物語はまだまだ続きます。まずはここまでお読みいただきありがとうございました。ようやくAさんとのコミュニケーションができるようになってきてからの話は次回からにします。またお読みいただけましたら嬉しく思います。

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