失恋した話
20代前半。
娯楽の少ない田舎町で私の趣味はbar巡りだった。
当時22歳。
『MARIO』という名前のダイニングバーによく通っていた。
店員はみんな男性。
そこで出会ったのが、私と同い年の見習いバーテンダーだった。
店内はオレンジ色の温かな照明が灯っていて、壁には様々な種類の酒がズラリと並んでいた。
どっしりと重い、赤くてふかふかな椅子が置かれていて、座るととても心地良かった。
その店で出されるお通しはちょっと凝っていて、毎度舌鼓を打った。
シェイカーを振るバーテンダーたちは皆洗練された雰囲気を醸していて、機知に富み、チャーミングだった。
店に入った瞬間、まるで別世界に入り込んだような、隠れ家的で安らぐ空間だった。
彼と初めて話した時、すごく楽しかった。
偶然にも同い年ということで、会話は大いに盛り上がった。(と、自分は思っていた)
見習い期間中の彼はシェイカーを縦ではなく、中腰で横に激しく振っていて、その姿がとても印象的だった。
店までは自宅から車で1時間以上離れていて、中々通えないと最初は思った。
けれども彼から「サービです」と一杯のカクテルを出され、私は気が変わった。
翌週、店を訪れると、店のスタッフたちは皆びっくりした様子だった。
そして、サービスしてもらったカクテルを「出していない」と言われた。
私は首を傾げた。
確かに「サービスです」と出されたはずだった。
今思うと、彼に執着していると思われ、近づかれないように牽制されていたのだろうと思う。
私は毎週店に通うようになり、常連客とっなった。
彼と友達になりたかったのだ。
だから接客してくれると私は内心喜んでいた。
表に出さないようにしていたつもりだけど、みんなにバレバレだったと思う。
彼に接客される頻度は落ちていった。
それでも彼と仲良くなりたいという気持ちがどんどん募り、やがてその想いが一人歩きして恋心へと変わっていった。
彼の顔をよく覚えていなかったのに。
それから私はダイエットを頑張り、お洒落を研究するようになった。
休日は近所で縄跳びやランニングをして体を絞り、痩せた体でガーリな服を何着も買った。
だから、はじめて店に行った時と比べて、私の見た目は様変わりしていたと思う。
私は彼になんとかお近づきになりたかった。
けれども店に通うごとに、バーテンダー達の様子が怪しくなっていくのを薄々感じて取っていた。
それでも私は店へ通うのを止めなかった。
『もう行かない方がいいよ』
ある時、事情を伝えていた別の店のバーテンダーにそう忠告された。
けれども私は、どうしても諦めきれなかった。
「〇〇君は彼女いるの?」
「それがいないんですよ〜」
過去に彼が、別の客と話しているのを私は耳ざとく聞いていた。
加えて、彼が勉強の為に、休日に客として店に来る話も聞いていた。
だから私は確かめたかった。
3ヶ月は忠告を守り、店に行くのを我慢した。
けれども、私は堪えきれなかった。
遂に私は、彼が休みの日に店へ行った。
とびきりのお洒落をして。
私はオープン時間キッカリに到着した。
中にいたバーテンダーは驚いた顔を見せた。
1時間くらいして、カランカランとドアベルが鳴り、一組のカップルが店に入ってきた。
カップルは私が座っている席から左2席空けて座った。
左から注文を取る声が聞こえる。
店のスタッフたちが集まり出した。
突如、左から
「ブース!!ブーーースッ!!!」
と言葉が飛んできた。
振り向くと、彼だった。
「ねーえ、可哀想だよww」
その隣でニヤニヤと彼女が笑っていた。
ようやく、私に向けられた言葉なのだと気づいた。
スタッフたちは、私が見せしめにあうのを見たくて集まり出したのだ。
その時私は悟った。
頭の中がグラッとした。
私は引き攣った笑顔を返した。
滑稽だった。
私は強めの酒をどんどん頼んだ。
まるで何事も無いというように、平然とした態度を装って。
そのせいで気持ち悪くなったけど、意地で吐き気を堪えた。
私は「酔っちゃいました」とバーテンダーに伝えたけど、「嘘でしょ」と冷たく突き離された。
散々だった。
翌日、案の定二日酔いになった。
私は帰宅するなりキッチンに立つと、ガスコンロのスイッチを押し捻った。
名刺を取り出し、ボウボウと燃える火にかざす。
これでもかと恨みを込めて紙切れを睨んだ。
憎しみが広がるかのように、ジリジリと青い炎が名刺を侵食していった。
ちっとも気分は晴れなかった。
それ以来、二度と私はその店に行かなかった。