在り続けてほしいもの #夕陽海彩の呟き
アスファルトが焦げるような昼下がり。
ゆく当てもなく家を出た私は、折角ならば書店でも探そうと、地図を睨みつつ歩いていた。
そしてその場所を見つけた。
目に飛び込んできたのは、
店に収まりきらずに軒先に並べられた本棚と、紐でまとめられた本で足の踏み場もないような店内。
わかりやすい、イメージ通りの昭和の時代の古書店だ。
店には店主らしい男性と、店主と同年輩と思しき先客がひとり。
一見の小娘では入りにくいかと一瞬身構えたけれど、
暑い中これ以上外を歩く気にはなれなかったのと、店主がさりげなく手前の棚の方へと誘ってくれたのとで、ふらりと店内へ入った。
暫く近年の小説なんかを見ていたら、不意に店の奥から鐘の音がした。
振り子時計だ。
これでも音大生、思わず店主に話しかけた。
「いい音ですね」
それが話のきっかけになった。
店主は、私が昔の児童文学やなにかの物語が好きだと言うと、店の奥から古い時代の岩波文庫を引っ張り出してきてくれた。
それからはもう、話が弾み出すと早かった。
いつの間にか、あの先客も一緒になって、3人で本を挟んでの世間話、本の話。
色々な話を聞いた。色々なものを見せてもらった。
物語の中でしか知らなかった、天金の書というものまで見せてもらった。
その店には、明治の昔からの出版物が詰まっていて、まさに書物文化の宝箱のような場所だったのだ。
話題は価値ある本の話や出版業界の話、果ては世界の交易なんて話にまで広がっていった。
結局、私が買ったのは昔の本や漫画が3冊。
古くても安いものばかりで、決して儲かる客ではなかっただろう。
でも、その店の主は、またいらっしゃいと言ってくれた。
古く価値のあるものを散々見た挙句、買ったのは古いだけで高くもないものばかり。
そんな小娘でも、嫌な顔をせず、心良く長居させてくれた。
世の中にはまだ、こういう場所があったんだな。
帰り道、しみじみとそう思った。
物を売る店、ではありながら、客と主、あるいは客同士の交流の場。
ただ、ものを売り買いするだけではない、人と人が心を交わす場所。
こちらがその気を示せば、馴染みでない者でも快く招き入れてくれる人たち。
このお店には、なくなってほしくない。
不況と言われるこの時代を生き抜いて、人の心が疲れたこの世の中に、ずっと在り続けてほしい。
「また、来ます」
その言葉に、小さな店の未来への祈りを込めた。