レズビアンな全盲美大生 読ー2

「ひと月働いて月末に払うって金利泥棒だね。だから月中に払えばごぶごぶだけどそれでいい?」
「そんな知恵どこから仕入れたんですか?」
「美月だよ、経済とってるからね」
「経済っていうより簿記じゃない?」
「簿記も取ったよ、高校の時」美月。
「へえー、美大なのに? でも月の後半だけ働いたら損になりますよ」
「そうだけど、呼んだら来て欲しいんだけど」
「良いですよ」
「じゃ、決まり」美憂。
「後はオンザジョブで」美月。
 じっと睨みつけた。わからないから軽いままだ。でも少し気配を感じられたかもしれない。
「こんな仕事引き受けるのは文筆志望かもしれないけど文学的表現ってのはナシにして。そんなことされたら誤るし、それは私たちの領分。情景描写的に10人中3人くらいがイライラして睨み付けてるとか、遠くでヒソヒソしてるとか、コンコースには数百人の人がいて左側通行で歩いているとか、そんなもの」
「そうそう、右側を歩きなさいって嘘だね。混んでいたらとても歩けない」美月。
 そうなのかなあ。従順な日本人なら右側通行を守っていると思うけど。
「女の子と話せない・顔も見られない男子がよだれを垂らして顔をくっ付けてるとか。前に立って体の線をなぞってるとか」
「そうそう、そんなことがあったらぜひ実況してほしいね」美月。
二人でフルルーと笑って得意げに体を向けてくる。それが落ち着くと、
「さて、私たちは視覚障碍者だけど、あなたは何者?」
 声が若干硬くなった。
「何ものって?」
「目が見える人はなんていうの?」
 知らない。考えたこともない。
「せいがんしゃっていうのよ。漢字分かる? 分からなかったら調べなよ、せいがんしゃ様」
 美月の目が怒っている。いや、怒った風を乗せているに過ぎない。はい、と答えを調べる時間を確保して、晴眼者、これか。晴眼者様なんて言われたら結構恥ずい漢字だな。
「転生したら全盲のニンフに君臨する晴眼士だった件、とか言っちゃって」
 ふるふる美月が笑う。いいタイミングだよ。
「まあ、あなたが結構ハンサムで良かったわ」美憂。
人の顔をいじくりまわした結果なのか。
「嬉しい? ハンサムかどうかなんて触って分かるわけない、安心して」美月。
 冷ややかに突き放される。
「さて何時だろう」
 おっ、時間はどう見るんだ。
「今何時?」 ピピッピ、ただいま11時15分12秒です。12秒??
「さて、じゃ学校案内してあげようか」
「入校章とか要らない?」
「今の状況は? 今後はね汚ったない格好してくれたら画学生と間違えられるよ」
「でも齢は」
「大丈夫。6浪だっているかもしれないから」
「6浪って、美大って弁護士並みに価値あるんだ」
「価値観なら有るんじゃない」
 平然としたトーンは驚かせようとして6浪を持ち出したのではないようだ。
「後で手続きして置くよ、心配しないで」
「どっかに案内図があるはずだからよろしく」
 えっ、突き放すなあ。試験しているのかな。
「あなたがいる時は全面的に頼るからよろしく、いい?」
「ちゃんと説明しながらね」
 ふむ、試験の意図はないようだ。早速OJTかな。
「大学って本当に色気ないね、どの建物もコンクリートの打ちっぱなしばっかりだ」
「へー、早速の目が点情報ありがとう」
「美大ならそれらしい建物かと思ったら、街中のビルに比べて味気ない」
「世界はすべからく色素で溢れているのに?」
「なんですか、それ」
「だって世界には全て色があるんでしょ。だったら全ては色素でしょ」
 世界の全ては色素? なんだそれ。
「美大だったら色の講義もあるんじゃないの?」
「かもね」
 かもね? 腹の立つ娘たちだ。
「おー」視界が変わって、思わず声が出た。
「どうした」
 構内の道は両サイドが庭園のようで曲線が色っぽい。植栽には気を使っているようで十分に自然に引き込まれる。高くても10m程度で大木が無いのは最近植え替えたのかな。大木を伐採したのなら美大らしい潔い美意識を感じる。頭上の木漏れ日が溢れる秋の木の間を抜けるとギュルーと開け美大らしい建物がお目見えした。
「格好いい建物だ」
「図書館だね。そうだ、図書館教えて?」
 どういう意味かと見ていたら、バッグからパンフを取り出し、
「図書館のページを開いて、輪郭をつけて欲しい」
 ページを開いて敷き物を挟み渡されたペンで輪郭をつけた。二人は指でなぞって、
「右手でなぞるから、左手で空に描いて」
 ジェスチャーで指示するから、右手のなぞりに合わせて左手で空に描いた。立体を出そうと建物に近づいて描くと、左手は空高く曲線を描くことになり、大きいね、と言った。離れて描くと可愛いねと言った。
「たすく君はいい仕事をするね」美憂、うんと頷く美月。
 構内をぐるっと回り、ちょっと休もうと、建物に入り案内に付いていった。雑然とした部屋が多いなか、わりと整然とした部屋に案内された。
「ここが私たちの部屋。美大の部屋は色々物が溢れていて危ないから専用の部屋を貰った。すごい待遇でしょ」
「物置だったんだよ」美月。
 余り広くない。掃除道具置き場だったんじゃないかな。それは黙っておいた。片側には大きな棚があって種々雑多なものが整然としている。
「早速今のを記録しよう。大学の地図を作る、手伝ってくれる」
 床一面に道が強調された構内図を築いた。彼女たちは高低差に拘る。即ちここは上り坂ここは下り坂、と構内を案内されている時意識しなかったこと教えられた。でもそこは坂だよ、と思ったが黙っていた。作った地図はすぐに消された。作った記憶があればいい、とおっしゃる。今日は地図を作ってくれたからテキストの件はなし、有難う、と予期せず礼を言われ初日は終わった。途中事務員と思しき人が入校章を持ってきてくれた。彼女たちの周りには人が隠れて居るようだ。それにしても肉体接触が多かったな。その無頓着さにも驚く。


https://note.com/miru_moru/n/nfc71c05a9f9c

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