レズビアンな全盲美大生 読ー4 ヌードデッサン

 部屋に一気に音が溢れ、ザワザワ、ギシギシ、ズル、バタン、各々我を張って収集のつかない学生オーケストラの演奏前のようだ。
 徐々に高揚した雑音はサーと収まりヌードデッサンの準備は整ったようだ。
 お願いします、と声がかかった。
 なんだ!
 激しい驚きの顔が攻撃的に襲う。
 二人が説明する。
 目つきは変わらないが口は抑えている。
 まず美憂が助手らしき人の片袖を摘んで消えた。美憂は向こう側の椅子の有る台に導かれとりあえず座っててと指示されている。
 助手が戻ってきて美月を摘んで導いた。美月もとりあえず台上に上がって待機した。
 二人に遅れてこっそり出て後ろに位置した。幸いというか画学生に注目されることは無かった。
 美憂は背もたれの半分から斜めに布の掛けられた椅子に少し斜めに座るように指示されガウンを落とし尻も降ろした。
 助手がポーズを指示する。足を前後に右足が左足の内側になるよう指定され、右手を背もたれに置いて体をねじった。左手は右腿に置いて顔を正面に向けた。
 美月は寝姿だ。豪華ロココ風カウチに背を見せて横になりクッションに身を起こし振り向き捩じれた。ケツがムンと大きくなる。
 美月のベストショットは背の全体が見えるところだろうけど、画学生がどのように位置を決めているかわ分からない。それぞれに10人くらいの画学生がとりついた。

 人物画実技。ヌードモデルは週1回3時間が4週続くそうだ。デッサンと油彩の提出が求められていて、地獄だ、と生徒はぼやいている。
 デッサンは30号で油彩は50号と指定されている。50号への拡大転写が必要だ。
 この後生徒には進級製作が待っている。突然降って来たきついスケジュールに生徒全員が呆然としたが愚痴を言わなくなるほど自失しては居ないようだ。
 一致して殺す気かと声高に抗議していたが、二人がヌードモデルだと聞き風向きが変わり意欲が沸き上がっているようだ。
 今日はその1回目。過酷さはモデルにも言えそうで二人はそれぞれ指定されたポーズを20分をセットに続ける。小休止は肩をコリコリするくらいで1時間後2時間後に10分の休みがあるのみだ。学外のモデルさんとは待遇が違う。
 二人はヌードモデルとしては若すぎるのではと思った。体は元気が溢れ今にも跳ねそうだ。おっぱいは凄くかたい。青柿の様かもしれない。これなら男のモデルのほうが相応しい気がした。
 美大生はモデルがガウンを落とすと獲物を品定めする瞳孔に一瞬で変わった。
 ヌードモデルは物体に過ぎないというが、それならリンゴを描けばいいのであって、犬、猫でもリンゴとは違うし、裸体ならなおさらだ。
 なぜ物体に過ぎないと言うのか分からない。
 画学生は全体を収めようと頭部の大きさと位置を求め手をデスケルをかざした。
 しかしそこで止まった。
 わずかな時間の差はあるものの皆が手をかざし止まった。
 皆動かない。
 突然組まれたカリキュラムの背後の教授の意図が透けてきたのだろうか。
 盲いたヌードモデルを前にして戸惑っている。
 目が無言の圧を掛ける。
 意識することもなく向けていた視線が盲いた目に消える。
 黒い瞳に灯す光を求めても発散する。
 モデルの人となりを見定める瞳が来ない。
 瞳での対話が出来ない。
 生・命を与える一点の集約が掴めない。
 教授は逃げているのか隠れているのか姿は見えない。
 ボーとしている時間は無いぞ、助手がけしかける。
 画学生の手は確信のないまま動き、位置を決めていく。
 ただでさえ時間的に厳しいデッサンにさらに困難が加わっている。
 頭部が卵型に形を表わし目らしきものが描かれる、目らしきものがどのように変わっていくか興味津々だ。
 頭部が決まるとデッサンは進む。
 体の線が浮き上がってくる。
 胸、腰が決められ、肩が描かれ足が流れる。
 一瞬で形のいい足が現出するのはさすが美大合格者だ。

 1時間の休み明け後少し経った頃、美憂はほっと息を吐くように口を開けた。
 その瞬間画学生の手が止まった。
 みなの目が口に集まった。
 美憂は口を開けたほうが楽なのか、そのままじっとした。
 画学生の息が止まっている。
 物体に過ぎないはずのヌードが娘の裸体に変わっている。
 なまめましく息づいている。
 エロがむんと発散した。
 口が開いた瞬間、物・ヌードが裸になって蠢く。
 開いた口は親しみを持って話しかけてくる。
 画学生は皆驚いた。
 なぜこんなに変わってしまう? 
 裸が生きている、息づいている。
 艶やかな下唇が裸全体に広がる。
 皆の目は今まで気づかなかった、いや無視していた胸の上下動に吸いつけられた。
 命がゆっくり波打つ。
 目線は全身を求めて、へそ、下腹部の膨らみ、足先まで嘗め尽くす。
 命の全てがあるようだ。
 ペディキュアが赤く浮いてくる。
 画学生は突然の裸の胸の呼吸の湧きあがった奔流に圧倒されている。
 美憂と美月の間に位置して美月を描いていた画学生も美憂に吸い付けられ、やがて美月班は美憂の周りに集まった。
 視線も鉛筆の音も感じなくなって美月も変な雰囲気に気が付いた。
 そわそわしだしたから、そっと近づいて、美憂が口を開けたら変な感じになってみな集まっている。
 美月もほっと息をつく感じで口を開けて、と囁いた。
美月は了解して、ほっと口を開けた。
 その吐息に腰が砕けそうになった。
 裸の生々しい女になった。
 色気が襲う。
 口紅が怪しく色めく。
 美月班は戻って裸体に吸い付いた。
 ネイキッド(naked)だ、画学生がつぶやいた。
 下半身ドアップの絵だってこのエロに敵わない。
 うんわ美月! ケツの間に細い毛が見える。
 画学生はあれを描くのかな、そんな絵は恐らく古今東西無い。
 春画にもありそうに無い。
 呆然としていた助手が我に返りパンと手を打ち皆の目を覚まさせた。
 盲いた目から開いた口に意識が向いていることに気が付いた画学生の手が一斉に動き始めた。
 美憂は故意に目から口に意識を向けさせたのか。
 画学生はそもそも口を描いたことが無かったかもしれない。
 閉じた唇は定められたパーツだったのかもしれない。
 今彼らは開いた口に何を描くのだろう。
 上唇と下唇は別の物体か。
 歯が秘密に導く、またその奥の空間に誘う、歯の奥に何を見て表す? 
 真珠の首飾りの少女を思い浮かべている学生はいるだろうか。
 二人は楽になったのか自由に仕事をこなしている。
 あくびを噛み殺したりしてさらに画学生を虜にしている。
 時々姿勢を変えると腹の捩れ具合も変わる。
 舌打ちすることなくむしろ楽し気に受け入れている。
 女子は女体の美を再発見したかのように沸々と煮立っている。
 モコッとデカくなったケツの収まりと尻の割れ目に熱心な男子学生もいる。
 一時期デブ専に堕ちセルライトに熱心だったヌード絵は今どんな傾向なんだろうか。
 遷ろう流行りが続くわけないから悪趣味としてしか残れない。
 口を開けてと指示されたけど開け続けるって結構辛かったよ、とのちに愚痴を聞いた。
 フェルメールの少女も辛かったと容易に推察できるからいつまで口を開けるの? と抗議する顔だったら面白い。
 美憂と美月を1枚に収めている画学生もいる。
 偶然か意図してその位置を選んだかは分からない。
 二人を取り込んで遠近法は歪んで見えるのは故意に違いないから不思議な構図だ。
 美憂がさらに首を捩じり画学生を見下ろしている。
 さらに奥に自身の肖像を描けば教授はどう評価するだろうか。
 ともあれ美憂は何度も書き直され形を歪め胸の下辺りは捩じりを増し、胴は平面に落ちている。
 木目の板だ。足も抽象化されるかと見ていると写実的な右足を抽象化された左足が絡んでいる。
 木炭デッサンは黒を増していく。
 3時間はマッハのスピードで過ぎてしまった。
 モデル不在の台上の背景を描く画学生が残っている。
 昼食後部屋に戻ると、異次元の衝撃だったはずが、二人を前に裸体が見事に消え失せてしまうのは凡人の所為かな。
 しかし学生の描いた裸体デッサンは沢山あって裸が息づいているだろう。

次話:


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