「きみの色」感想 - 山田尚子の優しいサマーオブラブ #きみの色
山田尚子監督作品「きみの色」いよいよ公開されました。以前PVが公開された時点で期待を込めた妄想noteを執筆しましたが、公開5日目、現時点の個人的な感想を書きたいと思います。もちろんネタバレなので未視聴の方、ドラッグの話が苦手な方はブラウザバックを推奨です。
話がややこしいので結論から行きます。
結論1 - ドラッグが1mmも検出されないドラッグムービー
この映画はドラッグムービーです。しかし、どのカットを見てもドラッグは検出できません。
どういうことかを順を追って説明します。
色が見えるトツ子
そもそも人の色が見える人間というのに出会った事もなければ聞いた事もありません。一部ではこの子は共感覚なのでは?という意見もありますが、共感覚であれば誰か別の"共感覚者"がいなければ確かめる事はできません。色が見える状態は彼女が生まれ持った個人的な感覚だと受け取りました。
トツ子の色が見える能力というのは、作為的にキャラクターを動かす事をしない山田尚子監督が敢えて設定した大きなウソ・ファンタジーです。
ではなぜそのような人間を設定する必要があったか?
カラフルな色が見える凸子が推し進める物語
しろねこ堂の3人がバンドを組む経緯を思い出してみましょう。
古本屋のレジで3人が邂逅した流れで、ルイくんの緑色の綺麗さも手伝って動揺したトツ子が言います「わたしたちのバンドに入りませんか?(うそ)」きっと手に持ったピアノの教則本から連想してしまったからです。
そもそも、その古本屋に行こうと思ったのも「きみちゃんの色が入学した時から綺麗だった」から会いたかったです。さらに遡るとバレエを習っていた時に同じバレエの生徒の色にも憧れを観ていました。
人の色が見える性質から生まれる"衝動"が物語の推進力となっています。
物語の中盤、きみちゃんの修学旅行の悩みを救いたいと願ったトツ子がとった行動は
寮に連れ込み Born Slippy Nuxx
きみちゃんを家に連れ込みます。そこで掛かっていたのはテクノアンセム Born Slippy Nuxx のアレンジバージョンでした。
映画好き?テクノ好きにはお馴染み、Trainspotting という映画のクライマックスに掛かるUnderworldの代表曲です。
ざっくり言うと自堕落なイギリスの若者がドラッグを使いまくったり運んだりで裏切ったりでてんやわんやという映画です。ちなみに主人公は短髪で金髪です。トツ子も前髪が短くて金髪です。
てsらさんによる Trainspotting の主人公レントン風 トツ子 ( レントツ子) のファンアートです。掲載の許可をいただきまして、ありがとうございます!
女の子2人で初めての夜のパーティ・・・日常から少し逸脱した冒険にしてはドラッグ映画の曲の引用はおいたがすぎてはいないですか?単純に山田尚子監督や牛尾さんの趣味から引用した訳ないですよね。あの2人なら。
トツ子の色覚異常はLSD"的"
さきほどは色が変に見える人は知らないという嘘をつきました。アーメン。1つだけ知識としては知っています。それはLSDなどのドラッグ体験です。その手の手記などを読むと必ず"色"の話がでてきます。
Youtubeで LSD color などと検索するとエグい動画が見れるので興味あればどうぞ。
これはBorn Slippy Nuxxからの連想ですがトツ子の色覚特性はLSDなどのドラッグ体験をモチーフにしているのではないか?という事です。もちろん彼女がそのようなドラッグを幼少期からやっていたという事ではなくあくまで"先天的"な症状を持っているという事です。
きみを連れ込んだ夜に2人でペンを歯車の定規のようなものに沿って動かすカットがありますが、スピログラフというオモチャだそうです。描かれた絵はクラブなどに行く方はサイケトランスのVJなどでよく見る図形ではないでしょうか。あけすけに言ったらキマる絵ですよね。
やはりBorn Slippy Nuxxを引用した理由、夜のお遊びだからだけでは無さそうです。トツ子は"きみ"をあちら側に誘ったんです。
わかってる方向けに、きみの色に充満するドラッグカルチャー的モチーフを紹介
路面電車の車体に描かれた 303 → TB-303
しろねこ堂ライブの時の3A Tシャツ🙂 → Smailey Mark🙂
"きみ”のおばあちゃんのヒッピーファッションと「愛してるよ〜」の絶叫
トツ子の部屋にある虹色の置物
漫画 天使もいいかもね → Angel Dustというドラッグが有名
虹光女子高校という名称
Born Slippy Nuxxの後にトイレに行きたくなる
いろは坂を想像するだけでバッドトリップ
ニーバーの祈り
少し話は変わりますが、トツ子が教会で祈りを捧げるニーバーの祈り
自分は宗教には詳しくないのでキリスト教のありがたい言葉なのかなと思ったのですが…Wikiを読むと事態が豹変します。
薬物依存症や神経症の克服を支援するプログラムと書いてありますね。ゾクゾクしました。きみの色感想スペースでMitaka Soundタカハシさんが見つけてくれました。ありがとうございます。
なぜトツ子はこの祈りを捧げているのでしょうか。なぜ九州で1番の都市である福岡から地方都市である長崎の学校での寮生活を選んだのか。なぜミッション系の学校に進学して、キリスト教の教えを学ぼうとしたか薄ら見えてきませんか。
追記: 今度は Mitaka Sound ホソダさんからのタレコミですが、トレインスポッティングで主人公達がドラッグをやりまくっている秘密基地の名前が Mother Superior's = 女子修道院長の館でした。
再び強調しておきますが、トツ子が劇中でドラッグをやっているという訳ではなく、あくまで"先天的”であるという見立てです。とはいえ彼女の色覚異常(キマってる)は 幻覚系ドラッグの症状に近いのではと考えられます。
これが本作品の一番のファンタジーであり、それが物語やトツ子の原動力になっているのは間違いないです。
という訳で結論1:ドラッグが1mmも検出されないドラッグムービーという事を説明しました。
結論2:若者に向けた音楽による救済と実践
"きみ" と "ルイ" をあちら側に誘った"トツ子"
わたしの見立てでは"きみ"と"ルイ"の2人は今時の悩める若者をモデルにしていると思います。インターネットネイティブで大抵の事は手頃な回答を見つけられて効率的、スマート。だけれど他人とコミュニケーション・相手の領域に踏み込んだりする予想外やハミ出す事が怖い。SNSで自己表現もしたいけど受け身な普通の子達なんだと思います。本当は好きな事はあるけれど・・・秘密は人に言えない隠れキリシタンのイメージに重なります。
この物語ではキャラクターの悩みに深入りしないからこそ、より抽象的に誰にでも共感しやすい造形がされているようにも感じます。
現実にはトツ子がいない
受動的な"きみ"と"ルイ"2人では物語は進みません。現実でも必要なのは先天的にキマッてるトツ子。しかし、リアルにこのような人がいる可能性は当然ながら低いです。
"きみ"と"ルイ"がトツ子のように能動的な衝動で動き出すためにはどうしたらいいか? ドラッグの使用はもちろん法令に違反するのでダメですよね。
この映画の回答は"音楽"。それを "きみ" そして君、つまり視聴者に体験させてくれるのです。
しろねこ堂のライブ
この映画を見るとバンドを組みたくなる。そんな感想を方々から聞きました。
きみの色と同時公開された山田尚子監督作品 ”Garden of Remembrance” の音楽を担当されたラブリーサマーちゃんのTweetを引用させていただきます。
これで説明は十分だと思います。ありがとうラブリーサマーちゃん。
しろねこ堂のライブを見て踊って、音楽から得られる"高揚感"、その勢いで隣の誰か夜のパーティやバンドに誘うんだ "きみ/あなた"がトツ子になろうぜという訳です。
私にはそういう実践的な映画のように感じました。
実際に終幕直前の"きみ"は自ら走り出し叫ぶ、"ルイ"はしろねこ堂のカセットテープのメタファーでもあるテープをちぎり空に放つ。もう受動的ではなく能動的に感情のまま羽ばたきを見せる2人。テープは快晴の空に浮かぶ物珍しい虹の景色となります。
虹色のカーテンを"きみ"が目撃して"ハッ"としたところで物語が終わるのです。スクリーンの前の"きみ" つまり、あなたも虹色を目撃できました(キマりました)。
山田尚子監督の作品は若者が立ち直ったり、学校から飛び立ったり、一歩前に進む事を描いてきましたが、今回は観客へ虹色の衝動(トツ子状態)を体験させます。
本noteタイトル "サマーオブラブ"とは?
昔々、ドラッグと音楽を両手に「ラブ&ピース」を叫ぶ若者達の社会運動がありました。それをサマーオブラブと呼んだそうです。80年代後半にはクラブ音楽に舞台がうつって若者達のセカンドサマーオブラブというムーブメントがありました。ここまではドラッグと音楽のチカラを使って現状を改変しようという運動なのだろうと思っています。
わたしの世代はインターネットと音楽のチカラを使ったサマーオブラブがあったような気がします。旧友達のために断っておきますがドラッグは見た事なかったです。
そして令和の若者に衝動的ムーブメントはありますか?コロナ禍で潰されて去勢されてしまったんじゃないでしょうか。
この映画は自信の無くしてしまった若者を、しろねこ堂の音楽でキメて、きみをトツ子状態にいざなう山田尚子の優しいサマーオブラブなのではないでしょうか。
しろねこ堂のライブ会場の背景には"Love your neighber" 汝の隣人を愛せよと書かれています。私の受けた映画の印象は" 汝の隣人と音楽を愛せよ" でした。隣人と行う優しいサマーオブラブ。
ドラッグは当然必要ない。以下のハイクオリティなtiktok風ダンス動画が物語に組み込まれて無い理由を察すれば実はインターネットもそんなに必要ない。
山田尚子監督はバンド・ライブといった音楽体験のチカラを心から信じていると感じました。(感想)
このnoteのエンディングテーマ
Choose Totsuko. Choose Rainbow. Choose Life.
↑ 山田監督が公開日に合わせて描いた絵で、1人だけ虹をみて溶けてる
謝辞
山田尚子監督作品 公開記念スペースに参加いただいた皆様のお力で、このnoteのアイデアに辿り着くことができました。誠にありがとうございます。
おまけ
終わり(記事を気に入って頂けたら、いいねボタンよろしくお願いします😄😄😍)