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ロマンスはまだ遠く

 アロマンティックの気があるので、恋ってどんなものなのか知りたくなって、定期的にマッチングアプリを入れる。
 数年ぶりにその周期がまわってきた今年の年明け、2週間ほどTinderをやっていた。だいたい20人くらいの人たちとやりとりをしたと思う。

 そのほとんどが、一日とちょっとのあいだメッセージを送り合ったら、お互いに飽きて、どちらからともなく返信をしなくなる、という感じだったのだけれど、一人だけ、Tinderをはじめてからやめるまでの丸2週間、途切れずやりとりを続けていたひとがいた。
 彼はアキさんといって、2つ歳上の、ちょっと癖のある関西弁を話すひとだった。

 3ラリー目くらいでおすすめの漫画を聞かれ、わたしは伊藤一角先生の『8月31日のロングサマー』だと答えた。ここ2年ほど、おすすめの漫画を聞かれたときには必ず、この作品を挙げている。とてもしずかで、おかしくて、愛おしくて、情緒のかたまりみたいな漫画だ。

 何人ものひとたちと同時にやり取りをすることが前提とされているこのアプリで、おすすめの漫画を"本気で"聞いてくるひとなんて、ほとんどいない。
 アキさんのほかにも、同じ話題になったひとが何人かいたけれど、その返信のほとんどが「何それ?」「はじめて聞いた」「おもしろいの?」といったものだった。調べてもらえることもなく、その固有名詞はただメッセージを続けるための会話のパーツの一部となり、けれど別にそれでよかった。

 アキさんもきっとそうだろうし、『ブルーロック』や『カグラバチ』が好きだと言っていたから、あんまり合わないかもな、と勝手に思っていた。だから翌日、「普段読まないジャンルの漫画だったから、おもしろかった」とメッセージが来たときは、とても驚いたし、ふしぎだったし、何よりうれしかった。
 このひとのことを「信じたい」と思った。「信じたい」と思うことは、わたしが他人と関わるなかでまず最初にある、とても大事な感情だった。アキさんとは、いい友人になれるかもしれない。もしかしたら、恋ってなんなのか、わかるかもしれない。こころがはずんだ。

 それからも、地元の話や、好きなコンビニアイスの話、アキさんが3種類の方言を使いこなしている話など、他愛のないやり取りを続けた。2週間ほど経った頃、わたしのほうから会いませんかと提案をすると、アキさんは快諾してくれて、LINEを交換し、本名を教え合った。
 日取りを決めたあと、行ってみたいお店の候補を送って、それから途端に連絡が途絶えた。マッチングアプリで知り合ったひととの関係の終わりなんて、こんなものだ。ありふれた、とても失礼な最後だった。「こんなものだ」とはわかっていてもやっぱり、とても、とてもかなしかった。

 まったくひどいな、クソがよ、と思いながらTinderのアプリを開き、これまでにやり取りをした人たちとのメッセージ履歴をながめた。そこには見知らぬ人たちへの、ちっちゃい失恋のようなものが地層のように積み重なっていて、なんだか途端につらくなってしまった。
 会ったこともないひとたちとはいえ、こんな量の失恋が一気に襲いかかってきたら、わたしは死んでしまう。心が持たない。すぐさまアプリを消した。



 この世界には、信じたいものが多すぎるように思う。時々わたしは、それがすごく疲れる。それでも信じようとすることをやめられない。
 わたしにとって信じたいと思うことは、好きだということだった。

 ここ数週間のあいだに、好きな芸人さんが違法賭博疑惑で活動停止になったり、好きなアイドルが推しはじめてすぐに炎上している姿を立て続けに見ていたこともあって、生きている誰かを好きになることの、怖さや危うさについてずっと考えていた。
 好きなものがあるって、本当にすてきだし、たのしい。けれど同じくらい、疲れる。

 アキさんのことが、少なくともひととして、わたしはとても好きだった。アプリを消してもまだなお、「アキさんを信じたかった気持ち」がわたしのなかに色濃く残っている。おそらくこの気持ちはもうしばらく、わたしのなかに居座り続け、どうすることもできないだろう。



 つい先日、いつもプレイしているスマホゲームを立ち上げると、ホーム画面に佇んでいたキャラクターが関西弁でこちらに語りかけてきた。
 「俺の方言、ちょっとおかしいかもなあ。いろんなところのハイブリッドやから」。

 ハッとした。そういえばアキさんの喋り口調は、わたしの推しキャラにそっくりだった。彼に好感を持っていたのは、そういう理由だったのかもしれない。あとになって気づいた。
 なんだよ、くそ。また恋じゃなかったのかよ。そう思いながらほくそ笑み、そのままスマホのゲーム画面を叩く。

 恋をわかりたいと思ってマッチングアプリをはじめたのに、結局いつも別の出口から出てきて、けれどそれで満足してしまう。いつかわかるかもしれない、恋というものはまだ、わたしのずっと遠くに在る。




天国も、地獄も、死後も、ロマンスも、ほんとにあるの?そのための旅


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