童話 セイと森のごちそう


1.夜のおでかけ

 

 だいぶさむくなってきた、ある土よう日のことでした。

 六さいの男の子、セイのパパとママは、その日、朝からそわそわしていました。
 パパは、こうえんでたっぷりとあそんでくれました。いつもは、すぐに「もう帰ろうか」っていうのに。
 ママの作ったお昼ごはんは、おいなりさんに、グラタン、トマトサラダでした。つまり、セイのすきなものばかり。
 そしてまだお日さまがかくれないうち、いそいそと、でかけるしたくをはじめたのです。
「もうすぐ暗くなるのに、どこかに行くの?」
 セイはおそるおそる、ママにたずねました。
「もうすこししたら、おばあちゃんが来てくれるわ。おるすばん、おねがいね」
 ああ、やっぱりです!
「レストランでおしょくじするんだ! ママたちだけで」
「そうだよ」
 ていねいに口べにをぬっているママのかわりに、いっちょうらのスーツを着たパパが、セイにへんじしました。
「ぼくも行きたい」
「だめだめ。今日行くのはおとなのためのお店だから、セイは入れない」
 おけしょうのおわったママが、ふくれつらをするセイの頭をなでてくれます。
「ごめんね、セイ。またこんどね」
「ほかのお店じゃ、だめなの? ぼく、おすし食べたい」
 セイは、ためしに言ってみました。いつもかぞくで行くおすしやさん、『すしまさ』のたいしょうと、セイは、大のなかよしです。
 けれどもパパは、首をよこにふりました。
「だめだよ。よやくしているからね」
 それでも、いつもはやさしい、なかよしのパパのことです。セイにじっとみつめられ、こまったようにつぶやきました。
「……しかたない。セイもいっしょでいいか、店にきいてみるか」
 けれどこれには、ママがはんたいしました。
「それはちがうでしょう。あのお店は、子どもにはぜいたくすぎる。よくないわ」
 セイは、ぜいたくがしたいのではありません。ただ、ママやパパが行くところに、じぶんもついて行きたかっただけ。
「もういい。おばあちゃんとおるすばんする」
 セイは、しょんぼりとつぶやきました。

2.おとなたちのひみつ

 

 セイは知っていました。
 そのお店のなまえは、【うつくしい森】というのです。
 けさ、パパとママが話していました。
『このきせつでないと、ジビエは食べられないからね。しかも、きいたところによれば、なんとベカスが手に入ったらしい』
 パパのことばに、ママが、はっと息をのみました。
『まあ! ベカス! ほんとうなの?』
『ああ。とくべつに、取っておいてもらっているんだ。次にいつ、お目にかかれるか、わからないからね』
 ――ジビエって、なんだろう。ベカスって。
 ずっと、セイは気になっていたのです。

 お夕はんのかたづけのあと、おばあちゃんは、ソファで、うたたねをはじめました。そのすきに、セイは、こっそりと家を出ました。
 おばあちゃんのハンバーグはおいしかったし、おなかはいっぱいでした。しかし、知らずにすませるなんて、できません。
 セイと、ママと、パパ。かぞくは三人。
 かぞくの中で、なかまはずれは、なしのやくそくです。

 バスていのよこの道をすこし行くと、お店がありました。赤と白と青にそめわけられたはたがかかっていたので、わかりました。
 セイは、あいていた門をぬけ、しき石をふんで、にわへまわりました。そして、まどからそっと、店の中をのぞきました。
 そこに見えたのは、すてきなながめでした。
 白いテーブルクロス。ぎんいろに光るナイフやフォーク。ひかえめにかざられた花や絵。ゆげのたちのぼるスープと、おしゃれなあしつきのグラス、切りわけられたパン。
 ゆらめくろうそくのほのおが、そういったものたちといっしょに、おきゃくさんたちをてらしています。その中には、セイのママとパパも、ちゃんといました。
 おくのとびらから、くろいふくにちょうネクタイのお店の人が出てきました。手に、ふたつきの、大きなぎんのおさらをかかげて。
あそこには、何が入っているんだろう?
 セイは、わくわくしてまちました。お店の人が、パパに目くばせします。
ふたを取った、そこには……。
「うわっ」
 それを見て、セイは、ふるえあがりました。
 そして、ふらりと後ろによろめきました。

3.赤い目

 

 よろめいたセイのかたを、ささえた手がありました。
見上げると、その大きくて、かたく、ほねばった手のもちぬしは、白いコックふくを着た男の人でした。
「小さい人。ここで、なにをしているのです?」
 セイは、まじまじと男の人をみつめました。
 男の人の目が赤かったのと、いっしゅん、鳥に見えたからです。
 ――さっき、フタの中にいたのは、小さな鳥でした。
 ツヤツヤとしたはね。
 ほそくて、ながいくちばし。
 けれど鳥は、うごくことなく、じっと、よこたわっていました。
しんでいたのです。

「あなたは、おきゃくではありませんね」
 男の人は、セイを見おろして、赤い目をほそめました。目が赤いなんて、本当は、おかしいのですけれど。そのときは、そんなふうに見えたのです。ただやはり、鳥ではなくて、人間でした。シカにも、オオカミにも、ヘビにも見えましたけれど。
「この店は、子どもはおきゃくにしません。とてもよわいし、うるさいし、おろかで、しかも食べのこしますから」
「あの。パパとママが、この中にいるんだ」
 セイが、まどをゆびさすと、男の人は「ああ」というようにうなずきました。それだけ。
「……いいつけに、行かないの?」
「わたしは、ここのシェフです。おしょくじを、じゃましたくはありません」
 セイはほっとしました。が、シェフは、セイのみかたというわけでもなさそうです。 
「まだこのあと、ベカスが出ますし」
 あさ、パパたちが、はなしていたやつだ!
「ベカスってなに?」
「鳥ですよ」
 シェフのこたえは、いきごんできいたセイを、たちまちこおりつかせました。

 セイは、しんじたくありませんでした
 あの小さくかわいらしい鳥を、パパとママが、よろこんでたべるだなんて。
 セイはもういちど、まどをのぞきました。
 シェフは、セイをとめませんでした。
 まどのうちがわでは、パパとママが、たのしそうにしょくじをつづけていました。
 ふたりの前のおさらに、なにかがのっています。パパは、ほとんど食べおわっていましたが、ママのおさらにはまだ、小さな鳥の、小さな頭がのこっていました。ママはそれを、バリ、バリ、バリと、おいしそうにかみくだいて、ごくりとのみこみました。
「今日のジビエのメニューは、ベカスのほかは、エゾシカ、ウズラ、ウサギがございます」
 ふるえるセイの耳に、シェフがささやきます。見ると、ほかのおきゃくさんのテーブルでも、それぞれ、さまざまな色やかたちのおにくやお魚が、おさらにのっています。
 さっきまで、グラスをみたしている赤いものは、ワインだとばかり思っていました。しかし、ちがうのかもしれません。どうぶつたちのながした血かもしれない。今は、そんな気がしてなりませんでした。


 
4.いのちのごちそう


「だいじょうぶですか。あなた、あおいかおをしていますよ」
「どうしてだよ」
 セイは、おこっていました。「どうして、小さな鳥や、森のどうぶつをおりょうりにするの? かわいそうじゃないか」
 パパとママのことは、ショックでした。けれどセイは、おもったのです。
「おりょうりする人がいなければ、パパもママも、きっとベカスを食べたりしないのに」
「食べられるのは、よわかったからですよ」
「そんな。ひどいよ!」
 セイにとって、ことりや、シカやウサギといったどうぶつたちは、えほんや、どうわといったおはなしの中に出てくる、あそびあいてのようなものでした。食べものではなく。
「ではあなた、いつも、なにを食べるのです?」
 シェフは、ふしぎそうなかおをしました。
「ぼく? ぼくは……白いごはんを食べるんだよ。あとはパンでしょ、スパゲティでしょ、サラダでしょ……それに」
 こたえるセイの声は、だんだんと小さくなりました。「ハンバーグや、からあげや、すきやきも、あと……おすしも食べるけど」
 わかってしまったからです。
 いま、セイのいったおりょうりは、おにくや、お魚でできているのです。
 セイだってやっぱり、どうぶつたちを食べていたのでした。

「なるほど。たしかにどれも、ごちそうですね。それをあなたは、食べたと」                              「……うん」
「ああ、よいのです。そうやって、つなぐものなのですよ。いのちのバトンは」  
「……いのちの、バトン?」
「ええ。そうです。食べたということは……いただきますを言ったということはね、やくそくをしたということです。いのちをつなぎます、と」 
「……そんなの。ぼくは、してない」
 セイには、よくわかりませんでした。いのちをつなぐ、とは。     
 どういうことでしょう。
 わからない、むずかしいことを、もしも「やりなさい」と言われてしまったら。                               
 ――こまります。
「わたしもね。おやくそくしましょう。これからもわたしは、わたしのいのちを、ひっしに生きましょう」
 セイは見ました。
 シェフの赤い目が、あやしくひかるのを。「これからいただく、あなたのいのちのぶんも」
 しんじられないくらいに大きな口が、目のまえで、グワッとひらくのを。「いただきま――」

 その時です。

「セイくん!」
 おばあちゃんの声がしました。「よかった! ここにいたの。さがしたのよ」


 おばあちゃんは、コートも着ていません。よほど、あわてていたのでしょう。
「ほんとうに……しんぱいしたわ。こんな、くらくなってから……ひとりで」
「ごめんなさい。もうしません」
 おばあちゃんの手は、とてもつめたくて、セイはこころから、すまなくおもいました。
「とにかく、おうちにかえりましょ。……ねえ、いま、だれかとおはなししていたの?」
「えっ。だれって、シェフのひと……」
 おばあちゃんにきかれて、ぎくっとしました。そうだ。さっき、あの人の目。
 ひかってた?! 
 セイは、あわててふりむきました。ひかって、それで……どうしたんだっけ?
「……あれ?」
 しかし、そこにはだれも、いませんでした。

5.うつくしい森

 なぜなのかセイは、パパもママももう、かえってこられないという気がしていました。
 でもふたりとも、ちゃんとかえってきました。そしてかわらず、まいにちごはんを食べています。
 しっかりと、『いただきます』をいって。
 セイも食べます。
 じつはセイは、あれから、ごはんを食べないでいられるか、やってみたのです。でも、だめでした。
 あそんだり、べんきょうしたり、ううん、なにもしなくても。
 おなかは、きまってすくのです。

 ふゆのさむい日は、まだまだつづきます。
 ある日セイは、ひさしぶりに、あのお店の前をとおりました。
 そこは、大ぜいの人たちで、ごったがえしていました。
「もっとまえに、よやくしておくんだった」
 にがりきったかおの、おじさん。
「お金なら、たくさんあるぞ」
 ブンブンと、つえをふり回す、おじいさん。
「まちきれない。はやく、入れてくれ」
 あしぶみをしている、わかい人。
 女の人が、むりやり、中に入ろうとしています。お店の人が、とおせんぼをします。
「だめ、だめです。いまは、まんせきです」
 あのときのシェフです。
 今日は、目はひかっていません。
 セイに気がついて、シェフは、しかめつらのまま、ウインクをよこしました。
「小さい人。また、いらっしゃい」
 このあいだは、くらくて、わからなかったのですが。シェフの白いコック服は、ぶかぶかでした。まるで、なにかをそこに、かくしているみたいに。
 
「おねがいだ!」
 ながいじかんならんでも。シェフが、人間に見えなくても。 
 みんな、おこったりしません。
 ただ、いっしょうけんめいになって、たのむのでした。
「あんたのところのりょうりを、どうか、食べさせてくれ!」

 ここ、【うつくしい(シェ・ル)森(ボワ)】は、人気店なのです。


〈終わり〉

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