011.「ちゃんと考えて行動しなさい。」と言われて育った方へ
「ちゃんと考えて行動しなさい。」
幼い頃、親や学校の先生からこう言われた経験はありませんか?
中には、「考えることが悪いことなの?」と思った方もいるかもしれません。昨日の投稿でも、このテーマに関連したお話をしましたので、まだご覧になっていない方は、ぜひチェックしてみてください。
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日本の教育現場では、長らく偏差値教育が採用されてきました。そして、「しっかり考えられる子がえらい子」という価値観のもと、記憶・暗記を重視した左脳型の教育が行われてきました。
近年では学歴社会に変化の兆しも見られるものの、社会全体としては依然として「思考型」が高く評価される仕組みが根強く残っています。
「思考」がセルフイメージを作る
セルフイメージという言葉をご存じの方も多いでしょう。自分自身に対する認識や評価のことを指し、これは「思考」によって作られています。
例えば、「私は〇〇な性格だ」、「わたしは〇〇が得意で、□□は苦手だ。」というように、自分を客観的に捉えているイメージがそれに当たります。
さて、あなたはどんなセルフイメージを持っていますか?
ここで、少し考えてみてください。自分自身について、どのようなセルフイメージを持っているのか、いくつか思い浮かべてみましょう。
では、もしこう言われたらどう思いますか?
「あなたが持っているセルフイメージのほとんどが、実は間違っている。」
驚きますか??
多くの人が、自分のセルフイメージを「これが自分だ」と信じています。しかし、そのセルフイメージの多くは、過去の経験や他者からの評価に基づいて作られたものです。
たとえば、幼い頃に「あなたは不器用だね」と何度も言われてきた人は、自分は不器用な人間だと思い込んでしまうかもしれません。
でも、それは本当に正しい評価でしょうか?
実際には、その言葉を言った人の主観や一時的な状況が大きく影響していることもあります。過去に他者から与えられた評価や、たまたま経験した失敗だけで「自分はこういう人間だ」と決めつけてしまうのは、もったいないように思います。
思考が考えるわたしは、「偽物のわたし」
実際には、その言葉を言った人の主観や一時的な状況が大きく影響していることがほとんど。
過去に他者から与えられた評価や、たまたま経験した失敗だけで「自分はこういう人間だ」と決めつけてしまうのは、もったいないように思います。
私たちが「わたし」として認識しているものの多くは、
本来の人間の持つパワーの5%未満しか発揮できていない「思考」が作り出しているフィクションにすぎないのです。
学校でテストの点が悪かったから「私は頭が悪い」
親や先生に「もっと頑張れ」と言われ続け「私は十分じゃない」
これは「思考」の世界で生きてきた人のほとんどが持っているセルフイメージですね。
でも、「思考」の世界の「わたし」が実は「偽物のわたし」であって「ほんとうのわたし」は、今のあなたが信じられないような特別なパワーを持っていると言ったら信じられますか?
例えば、自分が頭が悪いと思ったのは、「思考の世界」で能力を発揮できなかっただけ。思考の世界を生きていると「自分は孤立した存在で、ちっぽけなかけらのような存在。」
常に、思考は「不安やおそれ」を抱き「過去や未来」を思考でいったりきたり…悩みを多く抱えます。
でも、「ほんとうの自分」に目覚めたら…どんな自分が「ほんとうの自分」なのか、きっととても気になりますよね!とはいえ、ここで詳細をお話ししても、きっと理解ができず信じてもらえないかもしれません。
ですので、この詳細についてはまた別の機会に詳しくお伝えさせていただきます。期待させてしまって申し訳ありません。
とはいえ簡単に、ほんの一例を挙げると…(信じられないかもしれませんが)こんなことが起こり始めると言われています。
「分かろう」とせず、ただ読んでみてください
ここから先のお話は、「思考」を使って「分かろう」としても理解できないかもしれません。昨日の記事にも書きましたが、焦らなくても大丈夫です。いつか自然に分かるときがやってきますから、「分かろう」とせずに続きを読んでみてくださいね。
運やツキを味方につけて、チャンスをつかめる
インスピレーションで物事の本質や相手の気持ちを見抜ける
直感やひらめきによって、自分の進むべき道が自然と分かる
これらはすべて、「思考の外にある世界観」と言われていますので、なかなか理解はできませんよね。
まとめ
「思考」に囚われた世界から抜け出すとき…
「思考」による世界に生きることが当たり前だと思っている私たちですが、それは実はとても狭い価値観に縛られている状態なのかもしれません。
たとえば
自分を間違ったセルフイメージで認知している
自分の才能や能力のほんの5%未満しか発揮できていない
「常識」の枠組みに従って行動しているだけ
わたしの中には、まだ私も知らない「未知」の可能性の扉が存在する
もしこれらに気づけたら、それだけでも今日は一歩成長したと言えるのではないでしょうか。
今まで生きてきた「常識」という世界観が、ある日突然ひっくり返るような気づき。
これは簡単には信じられないかもしれません。しかし、この気づきこそが、現代の私たち、日本人にとって必要な一歩なのだと思います。
ちょっと普段の生活から比べると現実離れしていて、読みにくかったかもしれませんが、本日もここまで一読いただきありがとうございます。
次回以降はできるだけ現実的目線で…ぜひ引き続き読んでいただけたら嬉しいです。
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どうぞよろしくお願いいたします。