Review 21 ノビノビ 【絵本/にんじんようちえん】
ポプラ社さんの『にんじんようちえん』サポーターに応募しました。
幼稚園に初めて行く日。
子供は、どんな気持ちなのでしょうか。
私は今、親になってしまったので、親の気持ちしかわからないのです。
親からすれば「早く幼稚園に行くようになってほしい(そしてできるだけ長くいてほしい)」と思うのが「幼稚園」です。
幼稚園に通うこと。
それは子供の成長の証でもあり、親の一里塚でもあります。
親にとっては、「他の子供たちと一緒に活動することで、社会性を学んでほしい」という理由ももちろんありますが、やはり、少しだけでも育児から解放されたい、という本音もあると思います。
子育て中と言うのは、子供たちの世話で家事は常にとどこおり、自分の時間などありません。子供の数が増えれば、なおさらです。何人かのうちひとりでも、短時間でも、楽しく幼稚園に通ってくれたら…、すごく助かる!
とはいえ、今まで親元から離れたことの無い子供が、果たしてちゃんと新しい世界に馴染むのか、泣いたりしないか、いじめられたりしないか、みんなと集団行動できるのか、着替えやトイレや食事でもたもたしないか、友達とうまくやって行けるのか…そういう際限のない心配も、時間が欲しい、と言う思い以上にあるのも本当。
親のそんな複雑な気持ちを知ってか知らずか、初めて幼稚園に行くときの子供たちの反応は、千差万別。
友達がいっぱいいる幼稚園に期待を膨らませ、なんなく馴染む子もいれば、親と離れるのを嫌がり、泣き叫び、バスに乗らない、幼稚園に入らない、全身で拒絶を示す子もいます。そう、たぶんこっちのほうが断然多い。
そのために、「ならし保育」と言うのがあったりします。
絵本の主人公は、「にんじんようちえん」に新しく入った「赤い子」。ちょっとトゲトゲもしています。
ほんの少し個性的なこの子は、最初は幼稚園に行くのが嫌だ、と思います。周りの子とどうつきあったらいいかわからないし、先生にもどう甘えたらいいかわかりません。みんなと同じようにできず、意地悪したり、けんかしたり。周りの子も、なかなかすぐには仲良くできません。
担任は「くませんせい」です。
身体がとても大きくて、声も大きくて、力持ち。そして、子供たちに優しく上手に寄り添うことができる、心も大きな先生です。
いつしか「赤い子」は、デリケートなことをさりげなくフォローしながら優しく褒めてくれる先生に絶大な信頼を寄せ、行きたくないな、と思っていた幼稚園が大好きになっていきます。
その子にとって最大の賛辞であり、最高の誉め言葉が「けっこん」です。人と人とが信頼し合い、仲良くすることを、全部、けっこん、だと思っているようです。結婚すれば、ずっと一緒にいられる、と。
少しだけ行動が極端にも思えるこの「赤い子」にはこの子なりの事情があります。小さなきょうだいがいて、忙しいお母さんとお父さん。どこか、寂しい気持ちでいるのです。
先生とけっこんしたくなり、離れたくなくなるほど大好きになるにつれ、先生の気を引こうと一生懸命になります。そんな様子が、絵本では存分に表現されていて、その可愛らしさに、思わずウフフと笑ってしまいます。
さて、幼稚園では子供たちが帰った後も、子供たちのために明日の準備。小さなリスの園長先生がとりわけ働きものです。
最後のシーンの、働くひとりの大人であるくま先生にも、親は共感を感じます。
それは、大人の楽しみ。
でもこの、絵本を子供と読むときの大人の楽しみも、いいものなのです。
読んであげた人が、ウフフと笑う。
子供たちは不思議がるかもしれません。
いろんな形で、親子の会話が弾みそうです。
ところで、この絵本の何がすごいか、というと。
名前や性別があかされないことです。
そして、地の文がほとんどありません。
地の文が少ないので、読む人が自由にお話を補足することができます。地の文ではなく、セリフのようなものが絵の中にたくさん描き込まれています。それによって、お話を膨らますこともできます。
そしてなによりこの絵本では、主人公の名前も性別も、くませんせいの性別も明記されていません。
誰しもが「赤い子」のくませんせいへの思いに共感することができますし、敬愛や信頼の普遍性が自然に伝わって来るのです。
こういった絵本は、これまであまり読んだことがない、というのが最初の印象でした。そういえば、どんなお話も最初に名前や性別があかされるのが、当り前だと思って読んでいたことに、ハッと気がつきました。
子供たちを包む大人の愛情と、子供のひたむきな愛情。それを包み込む幼稚園。どこの国の、どんな地域にもある、何気ない日々の風景です。
これまでの絵本には、「どこかの国の誰かの話」の趣がありました。
でもこの絵本は、そのあたりがすべてボーダーレスなのです。
国境、男女の役割、個性…
色々な意味でのびのびとした広がりがあります。
なによりもそれが、新鮮な魅力。
3月10日発売。
『にんじんようちえん』ポプラ社
(作/アンニョン・タル 訳/ひこ・田中)
新しい場所へ旅立つ春。
親子で読むのにお勧めの絵本です。