全集中の呼吸
この夏、みらっちnoteではお馴染みのサトちゃんと、体重を落とす計画を立てた。
先日の健康診断で、いまひとつ数値が良くなかったと医師に指摘され、なんとかしなくちゃいけないんだけど、ひとりじゃ頑張れる気がしないから、仲間が欲しいんだと連絡をもらった。
確かに最近、運動の必要も、体重を落とす必要も感じていた私は
「そうだね、これを機に、一緒に頑張ろう!」
と、サトちゃん推薦の体重管理アプリをスマホにインストール。
無駄にやる気を漲らせ、体重計に乗った。
体重計の数値は、目を疑うような数字だった。
半世紀生きてきて、いやはや、ここまで育ったことはかつて一度もない。
計画、といっても、具体的には、それぞれに頑張るからLINEで励ましあおう、というザックリした計画である。
7年ほど前、階段しかない古い低層マンションに住んでいて、その時は2年ほど毎日階段を昇降していたらめっきり痩せたので、私は「階段で痩せる!エレベーターは使わない!外出先でも階段を使う!」と高らかに宣言した。
が、実際のところあまりの猛暑に、「今日はとりあえず、いっか」と一部エレベーターやエスカレーターを使用したり、「今日は外に出たら危険だ」などと言い訳して、やったりやらなかったり。
ともあれ、その日からサトちゃんは、「つい誘惑に負けた…」「なぜか200g増」「今日は職場で階段頑張ったよ」と日々LINEを送ってくれたが、私は明確な目標体重も掲げず、「次、頑張ろう!」「そんな日もあるさ!」「今日は頑張ったね!」などという「自分はやらないんかぃ?」と言いたくなる文言と元気な応援スタンプを送信するだけの日が続いた。
サトちゃんは残念ながら血液検査では目的の数値には及ばなかったが、目標体重に到達。
あんな為体だった私は、体重も体脂肪も1㎎も1%もまったく変化しないまま、夏が終わった。
夏は終わったが、実際、これじゃあいかんよね、という気持ちがムクムクと沸き起こった。なぜキャンペーン中に湧き起らなかったのか、私よ。
実は私、結構長い間、ヨガを習っている。
期間だけは無駄に長いが、ポーズのひとつもまともにひとりではできない。
感染症流行時代になってからは、オンラインで1時間、週1回。
ゆる~いヨガだ。身体を動かすより瞑想したいという、やる気のあんまりないユルユルな生徒なので、先生は最初から夜のヨガを提案してくれた。そのまま寝ちゃってもいいリラックスヨガだ。
先生とおしゃべりしていたらあと30分もない、みたいな日もある。
先生にことの顛末を話し、
「先生~、やっぱりさすがにこのままじゃ、私ダメだと思う。この先老後が思いやられます。身体動かないんです。もう運動以前の問題です」
と、ちょっと弱音を吐いたところ、先生は、
「うーん、やっぱり何事も、体幹なんだよね」
と、言う。
実はこの問答は今に始まったことではない。
プランクを何秒やってみよう、このポーズを1日1回続けてみよう、と、これまで先生からいろいろ提案があったが、ことごとく3日坊主に終わっている。
まったく進歩のない生徒に呆れているであろうに、先生は、
「あっ、じゃあ、今日は、横隔膜を意識してやってみましょう!」
と、言った。
横隔膜?
先生は、最近ちょっと横隔膜に目覚めたんだよね、ヨガとはちょっと離れるけど呼吸に関係するから、試しにやってみたいんだよねと、横隔膜について詳しく説明してくれた。
横隔膜というのは、体の真ん中、肺の下の位置にあり、肋骨に触れている筋肉で、ドーム型をしている。胸腔と腹腔をわけていて、身体の前後左右上下の筋肉や内臓に触れている。
肺は左右で五つの袋に分かれているが、日常生活で肺の最下のふたつの袋までしっかり息を入れることはあまりなく、高齢になるとうまく使われなくなって聴診器をあてても音がしなくなるのだそうだ。結構怖い話。
まずは、肺をしっかりつかって呼吸をし、意識して横隔膜を上下に動かす。そうすると、横隔膜が触れている臓器がマッサージされる。内臓というのは外からマッサージされることはなく、呼吸によってマッサージされるのです、と先生は言った。
この日の説明は私にとって本当に瞠目とか刮目とか言いたくなるほどハッとすることばかりだった。なんかツボに入ったのだと思う。
ロクに体が動かず、バテバテで、運動することもできない「運動未満」の身体なら、運動したくなる身体を作るしかない。
この日から私は、横隔膜をとにかく上下させることにした。
吸って下げ、吐いて上げる。
座っていても、立っていても、寝る前も、とにかく深く息をして、肺に息を行き渡らせ、丹田から骨盤底筋あたりに力をこめ、呼吸を続ける。
そうなると、必然的に姿勢は伸び、気が付くと「ヨレっ」「くたっ」となる身体を意識して立て直すようになった。
というか、いままでどんだけ「ヨレっ」「くたっ」として生きてきたか、わかった。
昔々、太極拳を習ったこともある。
あの時もテキトーな生徒だったのだが、あの頃は、今よりずっと体幹がしっかりしていて、自分でも「体幹、あるな」という気がしていた。
あの時の感覚が、少しずつ戻ってくるような気がした。
するとなんということでしょう。
1週間後、ヨガの前に体重計に乗ったら、ただ呼吸を意識しただけで1キロ痩せていた。
す、すごいな…
これまで1㎎も1%もピクリとも動かず、グラフはずーっと平行だったというのに。
この結果を先生に報告したら、先生も少し驚いていた。
横隔膜というインナーマッスルのトレーニングで体幹を鍛えよう、という話だったのに、おまけのような体重減。
体幹に効いてますよ、きっと。この先続けたらもうちょっといけるんじゃないかな。と、前のめりだった。
いや、これはつまり、これまでどれほど身体をだらけさせてきたか、ということなんだと思う。
それから私は、ずいぶんと姿勢が良くなった。
今、これを書きながらも、ピッ!としている。
気が付くと、何をしていても、横隔膜の上下を意識して呼吸している。
そうだ、これは、あれに似ている…
炭次郎のあれ…
そう。
全集中の呼吸「常中」
…だ。
炭次郎は、藤の花の咲き誇る蝶屋敷で、全集中の呼吸を二十四時間続ける修業をしていた。善逸と伊之介はサボってばかりだったが、炭次郎は真面目にコツコツ修行していた。そういえば。胡蝶しのぶ先生が現れたら飛躍的に伸び、善逸と伊之介なんか短期間で習得していた。そういえば。
あれはでも、寝ているときも全集中だったけどね…
寝てる時も意識って…意識って…
いや、ちょっとまて。
鬼殺隊士になるつもりか。
だいたい、まさか炭次郎みたいに本当に「常中」はできない。
気が付いたときに「ハッ」となってやる感じだ。
そりゃそうだ。常中ができたら技が使える。
柱にもなれちゃうかもしれないが、今のところ鬼退治の予定はない。
あと2キロくらい痩せられたら嬉しいんですが…
と控えめに先生に言ってみたところ、
「いやっ、せっかくだから続けてみましょうっ!」
なんか最初は若干「ちょっとやってみたいんだけど試していい?」的な感じだったけど、先生、ちょっと目がキラキラしている。
苦節数年、グダグダの生徒の心に初めて矢が刺さった実感があったのかもしれない。
「筋肉を鍛えていくと、体が締まっても体重は変わらないかもしれませんけど、結構身体、変わりますよ!」
先生。
今日から胡蝶しのぶ先生と呼ばせていただきます。
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