栗田 クロメ
去年近所でタヌキに遭遇した。しかも3回連続で。アメリカに住んでいる姉の家族が一夏うちの近所に家を借りて住んでいた。順番が定かではないが、確か1回目は姉の借りた家から私が一人で歩いて帰る途中、近所の中学校の塀の上に何かがいるのを見たのだ。もう日が暮れていたが、中学の校庭のライトが逆光となって、くっきりと頭と尻尾のシルエットが見えた。猫ではない。紛れもなくタヌキだった。
2度目は姉の家族を車で送り届ける時だったかに、坂の途中で車のヘッドライトに照らされたタヌキを見た。夜行性の動物や夜目に強い動物はヘッドライトを直視すると一時的に盲目状態になるらしい。ヘッドライトに照らされて鹿だのが硬直するのはそのためらしい。とにかくこのタヌキも硬直したのでじっくり観察することができた。私たちは歓喜した。毛並みがふっさふさでまだ若者のように見受けられる。同じ年の春に生まれた可能性もある。まんまるの目が黒く光っていたので、娘はこのタヌキを町の名前にちなんで栗田クロメと命名した。
3度目はなんと我が家の駐車場だ。車をバックで停めているところに駐車場に入ってきたタヌキが、これまたヘッドライトで硬直した。しばらく経ってから我が家の方に向かって走り去った。この子も栗田クロメ?!もちろん真相はわからないが、タヌキの行動範囲を考えたらあり得るし、こんなに頻繁に人間に目撃される警戒心の低いタヌキが何匹もいるだろうか?なんと言っても私たちは横浜駅からさほど遠くない住宅地に住んでいるのだ。
これまで近所でタヌキやらハクビシンに遭遇したことは何度かあった。しかし立て続けにこんなにしっかりと観察できる形でタヌキと会うのは初めてであった。
先日近所に住むママ友が動画を数本送ってくれた。家の敷地内の野良猫の糞尿に困っていたのでカメラを設置したという。そのカメラに写っていた映像にびっくりして送ってきてくれたのだ。1本目はナイトビジョンで録画されたもので、家の裏の細い通り道にタヌキがトコトコやってきて振り返る。すると後ろからもう1匹きて仲良く連れ立って歩いていったと思ったらすぐ戻ってくるという映像。か、可愛すぎる!
2本目もナイトビジョン。タヌキ?ではなくアライグマである!!!野生のアライグマが日本で暮らしているというのは知っていた。タヌキやアライグマ愛好家というのはどこにでもいるらしい。ちょっと前にアメリカのデザイン系のポッドキャスト99% INVISIBLE(超おすすめ)でアライグマを愛してやまない人が出演しており、その人が京都に暮らす野生のアライグマについて話していたのである!なんでも70年代にアニメ「あらいぐまラスカル」の影響でアライグマをペットとして購入する人がたくさんいたらしい。しかしアライグマは性質的にペットに向いていない。ケアができなくなって放獣されたり、逃亡したペットもいたかもしれない。とにかくアライグマが野生化して、習性などが似ているタヌキの生活圏を脅かしているらしい、、という内容のポッドキャストだった。
ちなみにアライグマはアライグマ科で、種としてはアナグマやイタチなどに近い。一方タヌキはイヌ科で、種として一番近いのはキツネだ。タヌキはジブリなどのお陰で海外でもTanukiとして知られているが図鑑にはRaccoon Dogという名前で載っている。目の周りの黒マスクが似ているのでこういう名前なのだろうがややこしい。
とにかくお友達のナイトビジョンの動画にアライグマが出てきてたまげた。トコトコ現れて、カメラの前でしっかりとこっちを見てからまたトコトコ歩きさるだけの動画だが、か、か、可愛すぎる!!!
外来種の生態系への影響は可愛いでは済まされないが、タヌキもアライグマも人里を生活圏として進化してきた動物だ。こんな都会でもしぶとく生き抜くタヌキとアライグマに新たに尊敬の念さえ湧いてくる。
話はちょっと変わるが、「タヌキの花よめ道中」という絵本がある。最上一平、著、挿絵は町田 尚子が手がけている。図書館で見つけて一目惚れした絵本である。地方に住んでいるタヌキが嫁入りするので、一族人間に化けて電車に乗る。途中駅ビルのレストランで夕食をとる。嫁ぐ先は文面からは読み取れないのだが、イラストでは皇居外苑として描かれてある。図書館から何度目かに借りた時に気になって「皇居・タヌキ」と調べてみたことがある。
すると大発見であった。まず上皇陛下が生物学者として皇居のタヌキの研究をなさっており、2016年にタヌキの論文を発表されている。
「興味深いことにミトコンドリアDNAの解析から、皇居のタヌキが、日本で一般的に見られるタヌキとは異なる未知のハプロタイプ(遺伝的構成)を持つことが分かったのです。皇居のタヌキ(23頭)と主に東日本のタヌキ(45頭)、それから赤坂御用地のタヌキ(7頭)の遺伝的な関係を調べたところ、皇居のタヌキ1頭と赤坂御用地の6頭は、もっとも広く日本各地にみられたA型のハプロタイプでした。一方、皇居のタヌキの残り22頭はB型で、この型はA型に似ているものの皇居以外では見つかりませんでした。さらにこの結果は、皇居のタヌキと、約1キロ離れていてオフィス街で隔てられた赤坂御用地のタヌキとが、何らかの交流を持っているかもしれないことも示しています。」
https://bunshun.jp/articles/-/11014?page=3
つまり、、、皇居の“離れ小島”のような環境によって皇居に生息していたタヌキが日本の一般のタヌキとは違う皇居DNAを持つに至ったと言うのだ。そして皇居から1km離れた赤坂御用地との間になんらかの交流、つまり嫁入り的な関係を持っていた!!!ということが分かる研究なのだ。
絵本の挿絵を描かれた町田 尚子さんにインタビューしてみたい!!絵本では嫁入りするタヌキは地方から電車に乗って嫁ぐので、赤坂のタヌキという想定ではないだろうが、嫁ぎ先が皇居というのは、きっと上皇陛下の研究に着想を得たに違いない。もしかして伊勢とか西方面から、、、という想定なのだろうか?なんと壮大で浪漫溢れる創作だろう。
私はこの大発見をした時、かなり興奮した。タヌキ好きの夫と娘には共有できたが、こうして1年越しにnoteに書くことができてなんとも言えず満足である。
栗田クロメはあの後どうしただろうか。娘の独断によってメスとされたが、メスであるなら無事に嫁いりしただろうか?オスであるなら無事お嫁さんをもらえたであろうか?あぁ、もしかして、ご近所のお友達の家のカメラが捉えた仲睦まじい2匹のタヌキが栗田クロメとそのお婿さんである可能性もゼロではないのでは!?町田 尚子さんの絵本のタヌキのようなインペリアルな婚儀ではないが、横浜駅にほど近いこの町の地元婚、平凡だけど、夢も冒険も愛もある、そんな栗田クロメの嫁入りストーリーをいつか考えてみるのも楽しいかもしれない。